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「海に行きましょう!」

松本副隊長が何ともなしに発した一言で、女性死神協会の面々は息を吹き返したかのようにどよめいた。
事の始まりは朽木邸プール爆破事件である。先日、夏の醍醐味であるプールを朽木隊長に破壊されてしまった。その予算の全てをプールの建設につぎ込んでいた女性死神協会はお葬式状態となった。まさに死屍累々の光景である。そんな中で松本副隊長のこの発言。この一言で皆元気になってしまうのだから、単純な人たちである。

彼女たちの行動は早かった。現世への慰安旅行と称して着々と計画を練り、穴場スポットを探し、他の死神たちへの声掛けに走り回った。遊びのために護廷十三隊を開けても良いのかは些か不安ではあったが、以前もこのようなことは何度かあったようなので特に問題はないのだろう。そして何故か私もそのメンバーにちゃっかり混ぜられているのだが。松本副隊長曰く、泳げなくても写真係として来てくれということだそうだ。プールの件を朽木隊長にばらしてしまったという罪悪感もあり、私は特に反論することもなくその役を担うことにしたのだが。

「私は!泳ぎません!!!」

「そんなことわかってるわよ。でもほら、気分だけでも、ね?」

「いや、無理です!水着なんてそんな露出度の高い服!下着と同じじゃないですか!」

私は松本副隊長とたまちゃんに無理矢理水着売り場に連行されていた。私は首が千切れて吹っ飛ぶんじゃないかというぐらいにぶんぶん首を横に振った。
水着なんて、冗談じゃない。あれはスタイルに自信のある人が着る服だ。プールであんなに沢山のモデルのような巨乳美女たちを目の当たりにしたばかりである。勿論例外もいたが、皆それなりにあったような気がする。
そんな中でこんな貧相な体を晒せるはずがない。私は背が低いためか、胸も小さい。寄せても谷間はできないし、水着を着るなんて恥さらしにもほどがある。

「なんでそんなに水着が嫌なのよ。」

「京葭は信じられないほど貧乳なんですよ。仰向けに寝ればそれはもう飛行機の滑走路……」

「たまちゃん!!!」

「そんなに怒らないでよー、そのうち飛行機が緊急着陸として使ってくれるって!」

「まあまあいいじゃない、朽木隊長は別に巨乳好きって訳でもなさそうよ?」

「だから朽木隊長は関係ありませんから!」

店頭で口論を繰り広げる私達を、扱い辛そうに遠巻きに見る店員の姿。どうやら営業妨害らしい。私はとにかく、と言葉を区切った。

「私は買っても着ませんから。」

「京葭ー、プール爆発させられたのは誰のせいだったかしら?」

「え……いや、でもそれは……」

「いいじゃない、上からパーカー羽織ってれば見えないわよ!」

「大丈夫だよ!京葭は絶対これから大きくなるって!たぶん。いや、やっぱならないかもしれないけど。」

「私そういうフォロー求めてないから。」

未だに貧乳ネタから離れようとしないたまちゃんを軽くあしらう。胸のことは割と本気で気にしているのであまり触れないで欲しいのだ。松本副隊長は言わずもがな、たまちゃんだってそこそこある。恐らくDはあるだろう。

私の抵抗も空しく、無理矢理水着を買わされる羽目になってしまった。元からこの二人に抵抗しようとしたこと自体が間違っているのかもしれない。この二人には、数々の弱みを握られているのだから。まあ、上からパーカーを羽織れば問題はないだろう。どうせ泳がないで写真を撮っているだけだ。

「ってことで、じゃーん!この水着なんてどう?」

「な、な、なんですかこれは!?ひ、紐!?」

「セクシーで素敵だと思うわよ?」

松本副隊長が手に取った水着は紐と辛うじて少量の布で構成された水着だった。下着よりもずっと露出度が高い水着だ。こんなものを着て他人の目の届く場所に出ろだなんて、どうかしているんじゃないか。こういう水着はグラマラスな人が着るから見栄えするのだ。そう、それこそ松本副隊長みたいな。

「もっと露出少ない水着がいいです、ワンピース風のとか……」

「あっ、京葭!これは?露出少ないよ!スクール水着!」

「ふざけないでよ。」

たまちゃんの異様に高いテンションが、今日ばかりは少々鬱陶しい。護廷十三隊の面々で旅行に行くというのは今期に入ってからは初めてで、たまちゃんも相当楽しみにしているのだろう。絶対使わないであろうサングラスやシュノーケルまで買っているぐらいだ。日焼け止めクリームと日焼けオイルを買い物かごに入れているところを見ると、頭が弱いんじゃないかと心配になる。

私の水着のことで口論を始めた二人をよそに、私は自分の水着選びに専念した。なるべく露出度が低くて、体のラインが隠れそうなもの。そう思って辿り着いたワンピース風の水着コーナーには、おかしなことに子供用のものしか置いていなかった。

「……大人用のやつ、ないのかな。」

「京葭ー、ワンピースタイプなんて今時子供しか着ないよー?」

「そうよ、やちるだって上下別れてる水着なのよ?逆に浮くわよ?いいの?」

「…………。」

ここは現世ではなく、瀞霊廷内の水着の店だ。海水浴という娯楽のあまり広まっていないこの瀞霊廷で売っている水着の量は、現世に比べて圧倒的に少ない。現世に行けば売っているんだろうけれど、今は現世まで水着を買いに行くような時間はないのだ。
確かに上下別れている水着なら、可愛いデザインのものは沢山ある。それにどうせパーカーを着てしまえば上は見えなくなるのだ。それなら問題ないではないか。

私は意を決し、ビキニが陳列する棚を物色し始めた。本当に、どこからどう見ても下着である。せめて下はスカートかショートパンツになっているものを選びたい。そして、派手過ぎず地味すぎず、なるべく普通のものを。

「……あ、これ。」

手早く物色している中、ふと手が止まる。薄いピンク色のその水着は上が特別露出している訳でもなく、下もスカートになっているタイプのものだった。これなら上からパーカーを羽織ってしまえば露出部分は太ももより下だけである。本当は足も隠したいのだが、足の下まで覆う水着は少なくともこの店には存在しない。

「あら、いいじゃない。」

「可愛い!試着してみなよ!」

「えっ、試着!?」

ああだこうだ言い返すより先に、試着室へと押し込まれる。まあ、サイズを確かめるためにも試着は欠かせないだろう。その水着は見れば見る程下着と同じほどの露出面積で、試着室と言えど今ここでその姿を松本副隊長とたまちゃんに見られるのは嫌だった。

さっさと着替えてサイズだけ確かめたら、すぐに脱いで買ってしまおう。私は急いで死覇装を脱いだ。鏡に映った自分の貧相な体を見ては溜息をつく。何かつめればそれなりに大きく見えるだろうか。というか、なんで私は背も胸も小さいのだろうか。せめて人並みには欲しかった、と今更なことを思ってしまう。
下着の上から水着を着ても、肌の面積はあまり変化していない。この格好で人前に出るなんてとんでもない。上着がなければ恥さらしである。サイズもちょうど良い感じだし、さっさと脱いでさっさと買ってしまおう。そう思った時。

「京葭ー、どう?」

私の返事を待つより先に、試着室のカーテンが開いた。私は思わず叫び出しそうになった。顔を出した二人はにやにやと笑みを浮かべている。

「ちょっ、勝手に……」

「すごく可愛い!似合ってる!ね、ね、副隊長!」

「あら本当!良いじゃない!京葭ピンク似合うわね、それにしなさいよ、ね!」

「あ……えっと、はい、そうします。」

水着を買う張本人よりも楽しそうなこの二人は、一体何を企んでいるのだろうか。それはともかく、似合っていると言われたことは素直に嬉しい。ピンク系統の色を好む私としては、色が似合うと言われることはこれ以上ないほどの褒め言葉だ。

よし、これにしよう。少し高いけど、あとは上着さえ買えば楽しい旅行になりそうだ。

「それにしても京葭、あなた本当に胸ないのね。」

「はっ!?」

「もしかしたら砕蜂隊長よりないかもしれないですよね、京葭の胸は。」

「いやねえ京葭、そんな顔しなくても、朽木隊長は胸の大きさ何て気にしてないから大丈夫よ!」

二人はけたけたと楽しそうに笑った。もはや朽木隊長の件に突っ込む気力もない。ああ、折角少しだけ気分が良かったというのに、台無しではないか。私は好き好んで貧乳になった訳じゃないし貧乳が悪いことだとかそんなことは一切ないというのに、何故こんなにもネタにされなければならないのか。

私は二人の言葉に返事をすることもなく、勢いよくカーテンを閉めた。外から胸以外のスタイルはいいんだから自信持ちなさいよ!という取って付けたような声援が聞こえてくるが、今はそんなことはどうだって良い。改めて鏡と向かい合い、凹凸の目立たない上半身に涙が出そうになった。胸って、どうやったら大きくなるんだろう。帰ったら調べてみよう。



(執筆)130320
(公開)130321

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貧乳を気にする女の子って可愛いですよね!