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「松本副隊長、これは事件ですね。」

「事件どころの騒ぎじゃないわよ、大スクープよ。この写真売れば一年分の給料手に入るわよ。」

「もう花火どころの話じゃないですね!」

私たちは今、信じられない光景を目の当たりにしている。ここはおそらく朽木隊長の自室の庭。川には鯉が何匹も泳いでおり、おまけに橋まで掛かっている。この屋敷に入ってから信じられない光景を何度も目にしてきた。だけど、そんなことは全てどうでも良くなってしまうという程に、私たちの目の前に広がる光景は凄いものだった。

「怪しいとは思ってたけど、ここまでとは……」

「朽木隊長のあんな顔、私でも見たことないわよ。」

まさかこんなところで朽木隊長と京葭の一大スクープを目にすることになるとは。二人は縁側に腰掛けており、朽木隊長が京葭の手を握っているように見えるが、遠目なので定かではない。京葭は小さく肩を震わせ俯いている。恐らく泣いているのだろう。京葭はあまり泣かない子だ。私の前でも一度しか涙を流したことがない。その京葭が朽木隊長の前で泣いていて、しかも朽木隊長がそれを宥めているようにも見える。ただならぬ関係であるということは一目瞭然だ。

「木の茂みからじゃちょっと見にくいですよね……どうしますか?」

「とりあえず、京葭のカメラで撮っておかない?」

「ええっばれますよ、やめましょうよ!」

「大丈夫よ、花火の音もうるさいし、ばれないばれない!」

副隊長はそう言うと、京葭の鞄をがさごそと漁り始めた。やめた方がいいんじゃ……とも思ったが、大好きな副隊長のご命令だ。反論しても面倒なことになりそうだし、ここは大人しく従っておこう。

花火を見ながら酒を飲んでいたはずの私たちが何故こんな場所にいるのか、順を追って説明しよう。酔いの回った京葭が酒の席を離れたのは、花火が始まってすぐの事だった。それをあえて見送った副隊長は、これはきっと朽木隊長との逢引に決まっていると冗談めかして言った。どうせ厠だろうと思って酒を飲みつつ待っていたのだが、何分経っても一向に帰ってくる気配がなかった。何か胸にざわめくものを感じたのは副隊長も同じだったらしい。京葭のカメラなど、貴重品を置いたまま行くのも不用心だろうと思った私たちは、荷物をまとめて京葭の霊圧を辿った。広い広い朽木邸を彷徨った挙句、私たちは朽木隊長の自室の前の庭に辿り着いたのだ。茂みに隠れて自室の方を窺えば、私の酔いは一瞬で醒め切った。あの堅物で一切の感情を表に出さない朽木隊長が、なんとも形容しがたい優しげな表情を見せたまま、俯く京葭の隣に座っているではないか。私は開いた口が塞がらなかった。

以前京葭の写真を見た時から朽木隊長と彼女の間には上司と部下の関係以上のものがあると薄々感じてはいたが、まさか本当にあったとは。京葭の反応を見る限り、彼女が尊敬の念以上のものを抱いているという感じではなかった。問題は朽木隊長の方である。京葭の話を聞く限りでは、朽木隊長はことあるごとに無席の隊士には不要なのではと思えるほどの絡みっぷりをしているらしい。朽木隊長と一緒に帰った、朽木隊長に褒めてもらえた、朽木隊長に菓子を頂いた、朽木隊長に――。目をきらきらと輝かせて何の悪びれた様子もせずに嬉々とそれを口にしてくる京葭を見ると、何も言えなくなってしまうのだが。きっと彼女は隊長を純粋に尊敬していて、そんな彼と接することができるのがたまらなく嬉しいのだろう。

しかし、朽木隊長がただの隊士にそこまで尽くす義理はないはずだ。副隊長曰く、朽木隊長は馴れ合いを好まずに人とは一定の距離を置いて接するタイプの男らしい。以前奥様がいらっしゃったこともあるが、亡くしてしまわれたとか。そのこともあり、彼は異性に対しては滅多に心を開かないらしい。京葭も私も入隊したばかりであまり朽木隊長のことは知らないが、ずっと昔から護廷十三隊に所属している副隊長の証言である。その言葉に間違いはないだろう。

「珠緒!撮れたわよ、写真!」

「……えっ、ああ、見せてください!」

カメラの液晶を覗き込むと、なんとももどかしい距離を保ったまま座る二人が写り込んでいた。よくもまあ、こんなに遠くからこうもはっきりと撮れるものである。良く見ればそのカメラは律儀にも望遠レンズに替えられていた。花火を撮るということも考え、京葭が予め望遠レンズに付け替えておいたのだろう。高性能一眼レフカメラ様々といったところか。

「……こうして見てみると、朽木隊長本当に優しい顔してるわね……。逆に怖いぐらいよ……。」

「ちょっと、ここの手元の部分ズームにしてもらえません?」

「微妙に重なってるように見えるわよねぇ……ズーム、ズームっと。……あああっ、ちょっと珠緒!これ若干重なってない!?」

「あっ本当だっ、え、これ朽木隊長から重ねてるって感じですよね!?」

「この小指の第一関節のところ!ほんの少しだけだけど!」

私たちは小声ではしゃぎ出した。気付かれないように、細心の注意を払いつつ。なるほど、よく見てみれば朽木隊長が少しだけ京葭の手に触れているように見える。しかしこれは恋人同士のそれというよりも、一方的なぎこちなさを感じた。見ればわかる、朽木隊長は完全に京葭に惚れているようだ。

そうか、京葭にもようやく春が。私はまるで彼女の親にでもなったような気持ちだった。京葭は昔から友達をあまり作らなかった。おそらく彼女の中での友達は私だけだろう。そんな私にすら完全に心を開いていないというのは、なんとなく知っていた。彼女は私に色々な相談事を持ちかけてはくるものの、決定的な泣き言を言うことはなかった。京葭の相談事はいつも、彼女自身を悩ませる核心を突く内容のものではなかった。彼女がただ一人の身内のことで悩んでいるということも、夜一人で泣いていることも、お見通しだというのに。彼女は私にそのような相談を一切してこなかった。

頼りにされていないとか、信用されていないとか、そういう話ではない。これはきっと、彼女が無意識のうちに人への頼り方を忘れていたからだ。京葭はとても強く、そして誰よりも強くありたいと願っていた。そのくせ心はとても脆くて、それを隠すために虚勢を張って生きていた。そんな女の子だ。

「……松本副隊長、その写真、売ったりしないでくださいね?」

「え、何よ急に。」

「私、京葭には幸せになってほしいんです。だから私は、この二人の恋を応援したいです。」

副隊長に意見したのは、これがはじめてかもしれない。そんなことを薄々思いながら。
私の言葉を聞いた副隊長は少し間を置いてくすりと微笑んだ。黒いものを感じさせない、さらりとした笑顔だ。

「わかったわ、このカメラは珠緒に任せる。」

「あっ、ありがとうございまず!」

「馬鹿ねぇ、売るなんて冗談よ。私もあの二人がこれからどうなるのか興味あるし、今はそっとしておいてあげましょう。」

副隊長はそう言いつつも、保存用と銘打って懐から取り出した自分のカメラで二人の様子を撮り始めた。まあ、流出しないなら良いか。

京葭の心に一歩踏み込んだのは、私じゃなくて朽木隊長だったのかもしれない。それができたのはきっと、誰よりも京葭を見て、気を回して、心をくみ取ろうとしたからであって、決して偶然などではないはずだ。私が長年連れ添ってもなおできなかったことを、朽木隊長は平然とやってのけた。

恋ってすごいんだな。親友として少し悔しい気もするけど、今は素直に応援してあげたい。それが少しでも、以前自分が彼女の淡い初恋相手を奪ってしまったことへの罪滅ぼしになれば良い。そんなことも思いながら。




(執筆)130314
(公開)130318

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こ、こいつら全く花火見てない!!!(今更)