スロー・フロー・スタート | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

屋敷の中で好き勝手に飲み食いを始める死神達の姿の中に彩蓮を見つけた時、私の動きが一瞬だけ止まった。彩蓮は恐らく彼女の友人であろう鹿野枝十八席の後に隠れるように、肩をすくめて立っていた。私はあえてそれに気付かぬふりをした。

私は今、とても機嫌が悪い。前々から女性死神協会には頭を悩まされ続けてはいたが、尸魂界に平和が戻り出した頃から彼女たちの行動は日に日にエスカレートしていった。不法侵入は当たり前、屋敷の一部を宴会場に改造され、庭に無断で巨大なプールを作られ、そして今日は花火大会の会場にされるまでに至った。彼女たちには何を言っても無駄である。私はこめかみをぐっと押さえた。馬鹿げている。自室に戻ろう。

「朽木隊長ー!飲まないんですかー!?」

不意に死覇装の袖を引かれる。睨みを利かせて振り向けば、やはり酒臭さを漂わせた松本だった。松本は既に酔っ払っていた。花火を見るというよりかは、花火大会を見るという名目で酒が飲みたいだけなのだろう。彼女が発した朽木隊長という言葉に反応した彩蓮がこちらに視線を送ったのが、意識した視界の隅の方でなんとなく確認できた。

「……明日の任務に響くであろう。」

「えー!?お堅いですよー!飲みましょうよー!」

「朽木、今日は本当に済まねえ。」

日番谷隊長が松本の言葉を遮った。年の割にしっかり者の彼は、常々副官の怠け癖や奇妙な行動に悩まされ続けている苦労人である。

「何よもう!私が悪いみたいな言い方しないでくださいよ!」

「馬鹿野郎、完全にお前が悪いだろ。むしろお前以外に誰が……」

「珠緒、京葭ー!こっちで一緒にお酒飲まないー?」

彼女の口から彩蓮の名前が飛び出した時、私は思わず息を詰まらせた。何もやましいことはないというのに、少しだけ高鳴った心臓が情けない。
彩蓮と二人きりの時は特に何も思うことはないのだが、こうして大人数でいる中で彼女を前にすると、妙に行動に気を遣ってしまう。恐らく松本を筆頭に鹿野枝、恋次あたりは私と彩蓮の関係に疑問を抱いている。私が彩蓮に見せるほんの少しの気遣いでさえ、彼女たちには想いを寄せている異性への気遣いのように見えてしまうだろう。
だからといっていきなり彩蓮に冷たくすれば、それはそれで照れているだの気恥ずかしいからだの色々言われることは目に見えている。

それ以前に、周りの目を気にしてあれやこれやと己の振る舞いを変えるということ自体、私の性には合わなかった。だから、好きでもない、ただ少し気に留めている隊士一人のために、こうも一々思い悩んでいる自分をとても疎ましく思った。

「え、混ぜていただいてもいいんですか!?」

「あ、あの、私お酒はちょっと……」

「いいじゃないお祭りなんだから!ほらほら遠慮しないで!」

「いえ、私は……明日の任務にも響きますし……」

「なーに朽木隊長と同じこと言ってるのよー!流石仲良しさん、心まで通じ合ってるなんて!」

彩蓮が私に向けた視線と私が彩蓮に向けた視線が、ばちりと噛み合った。数秒間続いた見つめ合いの後、私は目を伏せるようにして彼女から視線を逸らした。

「だから、そんなんじゃありませんって。隊長にもご迷惑なのでやめてください!」

「そんなことありませんよねぇ、朽木隊長!」

「……迷惑だ。今後一切、この様な浮ついた話題を口にするな。」

私はそう言い残し、この忌まわしい酒臭い集団から離れた。良い迷惑である。彩蓮にも、私にも。

私たちの関係を否定した彩蓮は、意外にも冷静な対応を見せていた。あらぬ疑惑を掛けられれば、大抵の女は顔を赤らめ、声を荒立ててそれを否定する。それに引き替え、彩蓮は淡々と松本の言葉を否定した。私はそれが少しだけ意外だった。

普段の彼女を見ていればわかる。彼女はとても内向的な女性だ。六番隊の中でも友人を持たず、恐らくこの護廷十三隊で友人と呼べるのは鹿野枝ただ一人である。大人数の前では何かに怯えるように肩を窄めて歩き、何か不備があれば人並み以上の動揺を見せ、良く見知った相手とは揚々と喋る。それが彼女だ。
そんな彼女が、何の動揺も見せず、淡々と松本の言葉を否定した。彼女らしからぬ反応だ、と思った。

騒がしいあの団体たちは、花火が終わり次第すぐに撤退させよう。私はそのまま自室へと戻り、羽織を脱ぐ。花火大会はまだ始まってすらいない。終わるのはおそらく数時間程後だ。それまでに湯浴みを終えることは可能だろう。私は使用人に着替えを用意させ、庭を通らぬように遠回りして風呂へと向かった。






花火大会会場と化した庭の裏手で彩蓮を見つけたのは、私が湯浴みを終え、少しばかり涼もうと思いふらりと散歩をしている時であった。遠くの方で聞こえる花火の打ち上がる音と歓声を背に、彼女は壁に手を付き深刻な顔をしていた。
私は反射的に建物の陰に隠れた。何を隠れることがあるのだろう、何も後ろめたいことはないはずだというのに、何故。私は何事もなかったかのように、再びその陰から一歩踏み出した。ジャリ、という石を踏みしめる音に、彩蓮がゆっくりと顔を上げた。

「だ、誰……」

「……私だ。」

「えっ、あ、朽木隊長……?なぜここに……」

「……此処は私の屋敷だ。」

「あ、そうだ、申し訳ございません、このような場所で……」

「構わぬ。……何故、このような場所に?」

彩蓮は相当酔っているらしい。彼女の上手く焦点の合わない目が、ぼんやりと私を捕らえた。私は無言で彩蓮の方へ足を進めた。

「少し……酔ってしまって。」

「飲んだのか?」

「はい……断りきれなくて。だから、こうして逃げてきたんです。」

彼女に酒を飲むよう勧めたのは恐らく松本だろう。酔いの回り切った彼女は相当扱い辛いと聞く。私はこうして逃げてきてよかった、と少し安心した。
近寄ってみて初めて気付いたが、彩蓮の顔はほんのりと赤く染まっていた。目も少しだけ潤んでおり、とろんと蕩けている。普段はあまり意識していなかった彼女の女性的な一面が、少しだけ私を戸惑わせた。彼女は背丈もルキアほどで、大人の女性という雰囲気は微塵も感じられなかった。しかしこうして見ると、見れば見るほど彼女は女性的だった。……私は、何を考えているのだ。

「顔が赤い。水を飲んだ方が良いぞ。」

「あ……お気遣い、ありがとうございます……。」

「良い。明日の任務に支障を来されても困る。」

ついて来い、と目で合図を送り、彩蓮に背を向けようとした。壁につけていた背中を離し、前へ一歩を踏み出そうとした彼女の体が、くらりと前に傾いた。後先考えるよりも先に、私は彼女に手を伸ばした。ぽすっ、という小さな音を立てて、彼女は私の腕の中に倒れ込んだ。

そう、これは紛れもなく事故である。目の前の女性がバランスを崩し、私の方へ倒れ込んできたのだ。それを受け止めるのは男として――否、人として取って然るべき行動である。
彼女から漂うのは、酒の匂いか、それとも。まるで毒を持ったその匂いは私の体を一巡し、くらりと眩暈を起こした。これが、彼女の匂いか。これほどまでに彼女を近くで感じたのは初めてであり、彼女に触れたのもこれがほぼ初めてであった。
私の腕の中の彩蓮はとても小さくて、柔らかくて。こうして女性を腕の中に収めたのは、いつ以来だろうか。恐らく、緋真を抱きしめたのが最後だろう。そのことですら、記憶に新しくない。

もう一度言う。これは、紛れもなく事故だ。私が故意で行ったことではない。そして、この疑似的な抱擁には何の意味も感情も含まれてはいない。そう心の中で思っていても、私の体は毒に侵されたように確かな痺れを持ち、そのまま微動だにしなかった。

「……あ、申し訳ございません……」

「…………あ、ああ。」

気怠い表情を浮かべた彩蓮が、ゆらりと顔を上げた。恐らく彼女はこの行為を、倒れそうになったところを支えて貰った、という事実として受け止められているのだろう。勿論それは、それ以上でもそれ以下でもない、紛れもない真実なのだが。

「ちょっとふらついてしまって……」

「あちらで座って休むと良い。……一人で歩けるか?」

この時私は、どのような意図を持ってそのような問いかけをしたのだろうか。この時私は、彼女の口からは大丈夫、という言葉が発せられることを前提として彼女にこのような問いかけをした。歩けない、と言われた場合のことなど全く考えていなかったのだ。

「腕、掴んでもいいですか……?」

上手く呂律の回らない口で確かにこう言った彼女は、悪びれもせずに私の腕を掴んだ。私の返答も待たずに、だ。

酒癖が悪いと言っても、様々な種類のものがある。酒が入ると愚痴を延々と垂れ流す者、泣き出す者、落ち込みだす者、気分が盛り上がる者、脱ぎだす者、甘えたがる者、他人に馴れ馴れしくなる者。例を挙げるならば、松本乱菊は気分が盛り上がる種類の者だ。吉良や檜佐木は脱ぎだすタイプの者だと耳にしたことがある。ちなみに私は、人格が変わるまで飲むようなことはしない。
そして彩蓮は、馴れ馴れしくなるタイプだったらしい。どれほどの量を飲まされたのかは知らぬが、私の腕に縋り付いてくる女などそうそう存在しない。素面ではないのだから、仕方のない話かもしれないが。弱々しい力で私の腕を掴む彩蓮に目をやりつつ、私はゆっくりと歩き出した。

「……あれ、私、なんで隊長の腕掴んでるんだろ……」

「自分で掴んだのだろう、意識をしっかり持て。」

「そうでしたっけ、いや、ありがとうございます……」

意識が相当朦朧としているのだろう。私の気も知らずに、こ奴は。振りほどけない私も私なのだが。全く、世話の焼ける女である。




(執筆)130310
(公開)130317