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「隊長、今晩暇ですかね?」

日も沈みかけた頃、恋次の興奮混じりの声が耳に飛び込んできた。夏の暑さも少しだけ和らいだこの時刻に何の騒ぎだ。私は少しだけ眉をひそめて顔を上げた。真っ赤な長い髪、相変わらずの暑苦しそうな髪型である。
今晩の予定は特にない。しかし、ないと言えば何に巻き込まれるかわかったものではない。彼の浮かれようを見れば、恐らく遊びごとであるということはなんとなくわかった。

「…………何だ。」

「今日花火大会があるんすよ!人集めて見に行かないかって……」

「行かぬ。」

やはり、このような事だろうとは思っていたが。花火を見たとして、その後酒盛りになるであろうことは目に見えている。翌日の任務にも響くようなことは、極力避けたい。私は少し残念そうに肩を落とす恋次には目もくれず、再び手元の書類に目を落とした。

「隊長ずっと働きっぱなしじゃないっすか……少しは」

「要らぬ気遣いだ。」

「よっ、白哉!今日の花火大会の事だが……」

隊首室の扉からひょいと顔を覗かせたのは浮竹だった。私は黙ったまま顔を上げずに無視を決め込んだ。眉間のしわがより濃くなる。

「任務が終わり次第白哉の屋敷前に集合ってことになってるから、よろしくな!」

「……何故、我が屋敷の前なのだ。」

「何ってそりゃ……白哉の屋敷で見るんだろう?」

私はゆっくりと顔を上げた。気まずそうな顔の恋次とが裏腹に、浮竹はいつも通りの笑顔を浮かべていた。
どうやら物事は相当厄介な方向へ進んでいるらしい。未だに状況が呑み込めていない私に拍車をかけるように、やがて止めの一発がやってきた。

「朽木隊長ー!!!」

異様に甲高い声が真横から突き刺さる。騒がしい金髪を靡かせながら隊首室の窓から顔を出したのは、松本乱菊だった。彼女が恐らく今回の騒動の首謀者である。

「今日はよろしくお願いしますねー!」

「……何故、」

「あれー、隊長。京葭は屋敷に上げられて、私たちはダメなんですかー?」

「ちょっ、乱菊さん!」

私の体が凍りついたように動かなくなった。事情を知っている恋次は、やってしまったというような顔で松本の方に目をやった。浮竹は恐らく何も知らないのであろう、何か面白いものを見つけた子供のような表情でその話に喰い付いた。

「京葭、とは誰のことだ?」

「……我が隊の隊士だ。」

「朽木隊長ととーっても仲が良いんですよ、ね!」

「……下らぬ。只の部下だ。」

「えーっ!そんなこと言わないでくださいよ!いい子じゃないですか!」

「良かったじゃないか、白哉!」

「…………うるさい、失せろ。」

私の渾身の一睨みも、今回ばかりは無意味だったらしい。浮竹と松本は一通り騒ぎ立てた後、誰を誘おうかという話で盛り上がり始めた。仮にもここは隊首室、私はまだ仕事中である。耳障りだ。

「……あのー、隊長はまだ任務中なので、相談事は外でお願いしても良いっすかね。」

「何よ恋次まで!」

「まあまあ、じゃあ白哉、また後でな!」

浮竹は恋次に背中を押され、二人で隊首室を出ていった。窓から顔だけを覗かせていた松本の姿もいつのまにかなくなっており、私は一気に静かになった隊首室で深く溜息をついた。
私はどうも面倒なことに巻き込まれてしまったらしい。さて、どうしたものか。





「京葭ー!今日花火大会行かない!?」

偶然十番隊に用があった私は、その帰りにたまちゃんに遭遇した。瀞霊廷花火大会。夏の一大イベントである。ものすごい数の屋台が出て、その数は大通りを端から端まで埋め尽くすほどだとか。六番隊の隊舎でも今日はやたらとその言葉を耳にすると思っていたら、今日がその日だったのか。

「夜から?」

「うん、どうせ暇でしょ?」

「うーん……行きたいんだけど、ちょっと……」

行きたいのはやまやまなのだが、瀞霊廷最大規模の祭である。恐らく人混みに揉まれながらの見物となるのは目に見えている。私は人混みが嫌いだ。この時期ともなると暑苦しいだろうし、何より見知らぬ人と密着した状態になることが嫌だった。

「そんなぁ、一年に一度だよ?」

「私人混み嫌いだしなあ……」

「あら、じゃあ私たちと行かない?」

いつもこうだ。松本副隊長は突然どこからともなく湧き出てきて、突然話に割り込んでくる。お決まりのパターンに慣れきった私は、そのまま話を続けた。

「いえ……私は人混みが苦手なので……たまちゃん、松本副隊長と行ってきたら?」

「人混みの心配はないわよ!広くて人が少なくて好きなだけ騒げる場所、確保してあるもの!日番谷隊長とか、浮竹隊長とか、恋次とか、色々誘ってるわよ!」

「そんな都合の良い場所があったんですか?」

「朽木隊長のお屋敷よ。」

朽木隊長、という言葉が松本副隊長の口から飛び出した瞬間、たまちゃんが私の心を推し量るようにして顔を覗き込んだ。たまちゃんは未だに朽木隊長絡みで私を冷やかしてくるのだ。たまちゃんも松本副隊長も、流石にここまでこのネタを引っ張ってくるとは思っていなかった。……まあ、ここでいくら否定してもどうにかなるとは思っていないので、今更否定する気はさらさらない。むしろむきになればなるほど彼女たちの思うつぼである。

「……いえ、たまちゃんはともかく、私のような無席の者がそのような会に混ざるのは……」

「何言ってるのよ、あなた実力は席官レベルなんでしょ?それに席官の子なら結構来るみたいだし、無席の子も何人か来るみたいよ?」

「一体何人誘ったんですか……隊長も良い迷惑ですよ。」

「まあ、とにかく!今日の任務終了後に朽木隊長のお屋敷の前集合ね!」

「あっ、ちょ、松本副隊長!」

彼女はそう言い残すと、颯爽と廊下を歩いて行ってしまった。その方向が隊舎の出口であるあたり、彼女はこれからの仕事をサボる気満々なのだろう。断る隙も与えないほどのその機敏な立ち振る舞いを、どうして仕事に生かさないのだろうか。

この流れは、やっぱり行かなくてはならない流れだろうか。聞いたところ、大人数での花火見物らしい。私は大人数で行動するのがあまり得意ではない。そのような場合、私は大抵一人になる。たまちゃんはそれなりに顔が広い。私のことをほったらかして色々な隊士たちと喋りはじめてしまえば、私は一人ぼっちである。
私が縋り付くようにたまちゃんに目を向けると、彼女は相変わらずにやにやと笑みを浮かべていた。

「いやー、楽しみだね京葭!」

「……うん、そうだね。」

人の気も知らずに、楽しそうである。花火大会に来る人の中で、私がお話出来そうな数少ない人は誰だろう。たまちゃんと、松本副隊長と、日番谷隊長と、阿散井副隊長と、それと、朽木隊長。狭いと思っていた交友関係のほとんどが副隊長以上であることに気付いた私は、なんだか恐れ多くなってしまった。

なにはともあれ、今日は花火大会だ。何ごともなく終われば良いのだが。一抹の不安を抱えたまま、私は十番隊隊舎を後にした。




(執筆)130307
(公開)130316