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私の顔は真っ青だ。最悪の展開である。吉良副隊長はさておき、松本副隊長と阿散井副隊長とは。考えられうる展開の中で、最悪の組み合わせである。

「あれー?この写真に映ってるのって朽木たい……」

「ちょっ、返してください!」

私は椅子をひっくり返す勢いで立ち上がり、松本副隊長の手から写真を奪還しようと試みた。しかし松本副隊長の身長は意外にも高かった。170センチはあるんじゃないだろうか。いくらジャンプしても、彼女が悠々と掲げる二枚の写真には全く手が届かなかった。仕舞いに私は、ジャンプした拍子に彼女の胸に思い切り顔を突っ込み鼻を強打するという失態を犯した。私は鼻を押さえてその場にうずくまった。

「何すか何すか、見せてくださいよ。」

「見てよこれ、アンタの隊の朽木隊長と京葭!家族写真みたい〜」

「ええっ、おい彩蓮、お前朽木隊長といつからこんな仲になったんだよ!?」

「何って、その写真、阿散井副隊長が撮ったんですよね……?」

「は?」

「だってさっき、京葭が隊舎で阿散井副隊長に撮ってもらった……って……」

ああ、だから、最悪の組み合わせって言ったんだ。一瞬にして私達を取り巻く沈黙。周りの雑踏が、少しだけ恋しい。四人の視線が、一斉に私に向けられる。ああ、やだな、顔上げたくない。

「ちょっと京葭ー!なんで黙ってたのよー!」

「京葭、朽木隊長とそういう関係!?」

「おい彩蓮、お前隊長と仲良かったのか!?」

「…………。」

迫りくる三人とは裏腹に、吉良副隊長だけが無言のまま私を憐みの目で見ていた。助けを求めようと眼力で訴えかけたが、その目は逸らされてしまった。こうなってしまえば、もうどうしようもない、まるでそう言っているように見えた。

「……た、隊長と私の婆様が仲良くて、その、婆様に隊長の写真を見せたいと言ったら、屋敷へ来いと言われまして……」

「ええっ、朽木隊長ってば大胆!で?で?何されちゃったわけ!?」

「ちょ、そういうんじゃありません!」

「いやねぇ冗談よ、そんなに顔真っ赤にしなくてもいいじゃない!」

松本副隊長は面白そうににやにやと笑っていた。ああ、私やっぱりこの人苦手だ。私は漸く立ち上がり、椅子に腰かけた。そしてなるべく動じていないような態度を取り繕い、話を続けた。

「隊長のご自宅で、お写真を撮らせていただきました!それだけです!」

「……本当にそれだけ?」

「それだけ、です!」

漸く落ち着きを取り戻した私は、強く念を押した。だいたいこんな浮ついた話扱いされてしまっては、朽木隊長にもその奥様にもご迷惑をおかけしてしまうことになる。これは隊長のご厚意であって、それ以上でもそれ以下でもないのだ。
しかしこの様子だと、副隊長たちもたまちゃんも、隊長に奥様がいらっしゃることはご存じではないようだ。そんなに公にしていない、ということだろうか。貴族の機微はイマイチよくわからない。

「ふぅん、でも……ねえ、恋次はどう思う?」

「え、俺っすか?うーん……吉良は?」

「ええっ、僕ですか、僕に話ふるんですか!?」

この短時間で、この三人の力関係がなんとなく見えた気がした。この件に関しては一番無関心そうにしていた吉良副隊長に話が回ってきてしまったのを見て、私は心の中で彼に謝った。

「うーん、確かにあの堅物な朽木隊長が女の子を家に上げるなんて、意外ですね……。彩蓮さんに気があるとか……?」

「そうよねぇ?吉良もそう思うわよね?恋次もそう思わない?」

「いや、でも朽木隊長は……」

「わ、私明日も早いので、お先に失礼致します!」

「あ、ちょっと……京葭ー!?お会計は!?」

私は荷物をひっつかみ、その場から逃げ出すようにして店を出た。会計なんて、知ったことか。私はほとんど飲んでない。ありもしない噂話を勝手にでっち上げてそれを楽しむ彼らに心底腹が立っていた。

昔から私は、自分が話題の中心になることに慣れていなかった。以前霊術院で一度だけ、同学年の男子と噂になったことがあった。その相手は私の隣の席で、私が少しだけ気になっていた人だった。周りから囃し立てられ、じろじろ見られ、私は毎日が窮屈で仕方なかった。相手の男子も次第に私を避けるようになった。やっと話せるようになったというのに次第に疎遠になり、そのまま霊術院を卒業してしまった。彼が今なにをしていて、どこにいるのかもわからない。私の淡い初恋は、無神経な同級生たちによって打ち砕かれてしまったのだ。後々たまちゃんから聞けば、その男子は私ではなく他に好きな人がいたという。私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。好きでもない相手と噂になるなんて、きっと迷惑極まりないことなのだろう。

あらぬ噂を作り上げられ、巻き込まれる。その辛さを私はなんとなく知っている。だからこそ、隊長のそのような噂は立てないでほしかった。仮にも妻持ちの男性である。そのせいで隊長が私と距離を取り、今までのように書道の話や婆様の話に花を咲かせることができなくなってしまうのは嫌だった。折角あの憧れの隊長と、きちんと目を合わせて話せるようになったのだ。築き上げた関係を大切にしたかった。

そのまま家路を走り、ふと写真を取り返してもらうことを忘れていたことに気付き、歩幅を緩めた。かと言って、今更取りに戻る訳にもいかない。私はとぼとぼと歩き出した。



(執筆)130305
(公開)130309