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今まさに隊長が手にしている斬魄刀は、紛れもなくかの有名な千本桜で。鞘から抜かれていないとはいえ、私は思わず隊長と距離を取った。一際異彩を放つ隊長の斬魄刀、その名は千本桜。解放時に見られる無数に枝分かれした刀身はまるで桜の花びらのようで、隊長に相応しい美しさを誇る斬魄刀だ。
しかしそんな斬魄刀が、今まさに私に向けられようとしているのだ。若干遅くやってきた花見と共に、私は命までをも散らせてしまうのだろうか。

「何を呆けておる。抜け。」

「い、いや、いやいやいやいやおかしいですよ!」

「……何がおかしい。」

「隊長と手合せだなんて、私下手したら死にますよ!」

「案ずるな。私は鞘から刀を抜くことはしないと約束しよう。」

それがおかしいというのだ。抜け、と言われているのだから、私は刃のついた斬魄刀で隊長に斬りかかることになる。隊長はそれを鞘で受け止めるというのだろうか。確かに私ごときが隊長に一太刀食らわせることができるなんて、ほんの少したりとも思っていない。だが、鞘で受け止めたとすれば、その綺麗な鞘が傷付いてしまうのではないだろうか。それはいくらなんでも申し訳ない。

「でも……」

「それ以上口答えをするというのならば、私も鞘から抜かせていただく。」

「……。」

「くれぐれも、手加減はするな。」

そんなことを言われてしまえば、もうやるしかないではないか。私は斬魄刀を鞘から抜いた。きらりと光る刃は、強張った私の顔をくっきりと映した。

私は心臓の奥が、ぶるぶると震えているのを感じた。恐ろしいのではない。これはきっと武者震いである。私は今まさに、今までの相手とは全く別次元の格の相手と、刀を交えようとしているのだ。私の目の前にいる隊長は、たまちゃんとも理吉さんとも、天と地ほども格が違う。そんな圧倒的な強さを誇る人と、手合せができるのだ。

隊長が私の剣を受ける訳がない。隊長の鞘に少しでも傷を作ることができれば、それはきっと名誉なことである。それがとてつもなく難しいことだと理解はしているつもりだ。私は大きく振りかぶると、刃の方を向けたまま、隊長に振りかざした。

キンッ、という鈍い衝撃が走る。隊長の鞘が、私の渾身の一撃を受け止めた。躱されるのだろうと思っていた私は、少し驚いた。どうやら鞘に傷をつけることはできたらしい。私は心の中でほくそ笑んだ。そのまま何度も何度も、隊長に刃を振りかざす。一撃一撃に自分の魂を込め、隙あらば隊長にかすり傷一つでも付けてやろうと思った。
刀を戻し、もう一撃食らわせようと思ったその次の瞬間。どこからやってきたのかすら理解できないほどの強い衝撃に、私はその場に尻餅を付いた。私の手にがっちりと握りしめられていたはずの斬魄刀は、いつの間にか私の手から離れていた。空中に弾き飛ばされたそれは、確かな時差を持ち、私から五歩ほど離れた場所に鈍い音を立てて落ちた。

隊長が鞘を一振りして、弾き飛ばしたのだろう。私はその力に圧倒された。隊長が鞘で受け止めていたのはきっと私の力を測るためで、いつだってこうして私の戦闘手段を封じることはできたのだろう。私は身をもって隊長の強さを実感することになった。

「……私の完敗です、お手合わせありが……え?」

尻餅を付いた体制のまま隊長を見上げれば、今まさに鞘付きの斬魄刀を私に振りかざそうとしているところだった。私はぎょっと目を見開いた。まずい、やられる。
湧きあがる恐怖だとか、驚きだとか、色々なものが込み上げてくるのがわかったが、私は何かを感じるよりも先に、自分の腰に付いたままの鞘を腰から勢いよく抜き取った。ガン、という鈍器同志がぶつかり合うような音が走る。気が付けば私は両手で自分の鞘の端を持ち、隊長の一撃をガードしていた。遅れてきた感情に気付いた私は、自分の体の力が一気に抜けていくのを感じた。

「……見事だ、彩蓮。」

隊長の大きな手が、力が抜けてへたっている私の腕を掴み、無理矢理上に引き上げられる。否が応でも立ち上がらざるを得なくなった私は、上手く力の入らない二本足を踏ん張ってバランスをとった。

「……隊長、私を殺す気だったんですか?」

「最後の一打を受け止められそうになければ、直前で止めるつもりではいた。」

「私、死ぬかと思いました……。」

茫然と立ち尽くす私を横目に、隊長は自分の斬魄刀の鞘をそっとなぞった。ああ、そうだ。あまりにも夢中になっていた故に気にしていなかったが、私は隊長の斬魄刀の鞘を何度も何度も傷付けてしまっていた。

「あ、あの、隊長……鞘は……」

「問題ない。ほぼ無傷だ。」

「えっ、だって……」

嘘だ、そんなはずはない。私が慌てて隊長の鞘を覗き込むと、確かにそこには私が残したと思しき傷は一つもついていなかった。私は首を傾げた。

「霊圧だ。」

「霊圧、ですか?」

「そうだ。霊圧で鞘を覆えば、その霊圧を下回る攻撃を受けても傷を受けることはない。」

「そ、そんな……」

あれだけ迷いのない、渾身の一撃一撃を食らわせたというのに、隊長にとっては普段通りの霊圧で防げてしまう程度の攻撃だったというのか。私は心底落胆した。本当に手の届かない人だ、と思った。

「……中々の腕であった。」

「……え?」

「太刀筋が良いな。一撃ごとの重量感もそこそこだ。」

「あ、ありがとうございます!」

「そして何より、怖気づくこともなく手加減することもなく、真摯に向き合うその姿勢は、評価に値する。入隊直後でこれ程の力となると、相当な鍛錬を要しただろう。」

瞼の奥が、じんわりと滲んだ。あの隊長に、あの憧れの隊長に、自分の力を認めてもらえた。隊長が、真剣に私と向き合ってくれた。それがたまらなく嬉しかった。

「……私、何もかもが人並で、霊力も普通で……」

「……。」

「でも強くなりたくて、霊術院時代は睡眠時間を削ってでも鍛錬を続けて、そのせいで遅刻や居眠りが増えてしまって……」

私の唐突すぎる自分語りでさえ、隊長はただ黙って話を聞いてくれた。自分は天才肌の婆様とは違って平凡なのだということ、その分強くなるには血の滲むような鍛錬を積み重ねる必要があったということ、それでも婆様にはまだまだ遠くて歯がゆい思いをしているということ、そして更にはたまちゃんのことも。
霊術院のカリキュラムを素直にこなしているだけで跳びぬけた才能を手にすることができたたまちゃんとは違い、私は血の滲むような努力をして、やっとたまちゃんと並んで歩くことができるレベルなのだ。これが天才と凡人の違いなのである。私は度々、そんな彼女と自分の差に悩み、苦しみもした。

その一部始終を黙って聞いていた隊長が、そっと口を開いた。

「私には、彩蓮が凡人だとは到底思えぬ。」

「でも、私……」

「血の滲むような努力を何年も続けることができる根性を持った者は、凡人とは言えぬ。」

隊長はそう言いながら、数歩先に落ちたままの私の斬魄刀と鞘を拾い上げた。刀を鞘にしまうと、その鞘を懐かしむように眺めた後、私にそっと差し出した。

「努力とは、死神に最も必要とされる力だ。天性のその才能を、もっと誇りに思え。」

「……はい……」

「彩蓮、お前ならきっと、近いうちにその斬魄刀の名を知ることができるだろう。」

「…………はい、」

「……何故、泣いている。」

堪えきれなかった涙が、次から次へと零れ落ちていった。それはもう視界がぼやけて見えなくなるほどで、隊長がいる場所さえも確認できないほどで。私は恥を捨てて、死覇装の袖でぐいぐいとその涙を拭った。

彩蓮さんはできる子だね、すごいね、天才だね。私は今まで、ずっとそう言われ続けてきた。皆私の出す結果ばかりを見て、今の私を構築するための途中経過など全く気にも留めてくれなかった。成功という結果を出すまでに私は血の滲むような努力をしたというのに、それがまるで手品のようにポンと出されたもののように扱われることが、私はとてもやるせなかった。
もっと私の頑張る過程を見て欲しい。平凡ながらに頑張っているのだということを知ってほしい。なのに周りが求めるのは結果だけだった。

自分の出す結果ではなく、その過程の努力をこんなにもしっかりと認めてもらえたのは、初めてだった。しかも我が隊の隊長に。その言葉は私が求めていた言葉そのもので、今までの私の生き方全てを肯定されたような、そんな言葉だった。

「……ただ、嬉しくて……」

「…………彩蓮、」

「ありがとうございます、隊長……。私、彩蓮京葭は、隊長の元で働くことができて、とても幸せです。」

一片の曇りもない、真っ直ぐで純粋な、尊敬と感謝の気持ち。私は心の中で、隊長に忠誠を誓った。きっと今後どんなことがあろうとも、隊長は私の隊長で、私は隊長の部下なんだろう。迷子になりかけていた私の足元を照らしてくれたのは、紛れもなく隊長なのだから。



(執筆)130228
(公開)130304

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第一章完結です!
引き続きお楽しみください^^