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さて、どうしたものか。私は最近、どうすれば隊長に気付かれずに盗撮できるかについてを延々と考えていた。遠くから撮れば気付かれないだろうし望遠レンズにしてみたらどうか、扉の隙間からレンズだけ覗かせてセットして、リモコンの遠隔操作でシャッターを押せばいいのではないか、などなど色々な案を思い付いたが、チャンスは一度きりである。一度でも失敗して隊長に見つかってしまえば、私の未来は絶望的だ。慎重に行わなければならない。

それでも私がこんなにも隊長の写真を撮りたがっているのには、金銭的なこと以外にもう一つ理由がある。ただ単に、隊長の写真が欲しいのだ。私のためではなく、婆様のために、だ。理吉さんの写真は撮らせていただいたし、副隊長は六番隊の隊舎の中を撮っている時に、自己主張の激しい赤髪が何故かちょくちょく写り込んでいるので問題ないだろう。あとは隊長だけなのだ。これだけ写真を撮っていても、隊長の姿が一ミリたりとも写り込んでいない。

本日の任務も終盤に差し掛かった頃。一世一代のチャンスがやってきた。書類が出来上がり、私はそれを隊首室に届けに行った。その間も私は悶々と隊長に隙を作ることばかり考えていた。いつも通りに扉をこんこんと二回ノックし、中からの反応を待つ。この扉の隙間からそっとレンズを覗かせて……いや、隊長のことだ。扉が少し空いただけで気配に気付くだろう。

ノックしてから数十秒。おかしなことに、中から一切の反応がなかった。私はもう一度扉をノックする。やはり反応はなかった。いつもはほんの数秒で反応が返ってくるというのに、おかしなこともあるものだ。私は不審に思い、そっと扉を開けた。

「失礼、致します……」

明かりもついていない、薄暗い隊首室の中。所定の場所に座る隊長の姿を見た私は、無意識の内に勝ち誇ったような笑みを浮かべた。周りに誰もいないことを確認し、私はそっと扉を閉めた。

あろうことか、隊長は居眠りをしていた。日ごろの疲れが祟ったのだろう。左手で肘をつき、右手に筆を持ったまま、こっくりこっくりと舟を漕いでいたのだ。私は静かに興奮していた。心の中は勝利のファンファーレが吹き荒れていた。ドアを二回ノックしても、声を掛けても起きない。明かりがついていないところを見ると、日が沈む前から寝ていた説が濃厚だ。おそらくだいぶ深い眠りの中にいるのだろう。私は常に持ち歩くようにしていた袋の中から、ご自慢のカメラを取り出した。そっとカメラを構えたまま、隊長の顔がよく見える場所まで近付いた。

隊長の寝顔は、普段の厳しさを感じさせないものだった。普段きつく結ばれた眉はゆったりとほどけ、少しあどけない表情を作っている。長い睫に、形のよい唇に、筋の通った鼻。彼にはかっこいいとかイケメンという言葉よりかは、美しいという言葉が一番しっくりくる。
そんな隊長の寝顔の写真なんて、激レアプレミアム価格が付くのではないだろうか。私はそんな下賤な考えを胸に、力を込めてカメラのシャッターを押した。

途端、仄暗い空間を劈くような光が広がった。一瞬何が起こったのかわからなかった私は、状況を理解するのに数秒の時間を要した。しまった、カメラのモードをオートにしたままだった。こんなに暗い部屋の中でオートにしてしまえば、自動的にフラッシュが焚かれてしまうのは当たり前である。フラッシュを焚きたくない場合は、オートではなくてマニュアルにセットし、自分で絞りの設定を変えるしかないのだ。私は慌てて隊長の方を見た。

「……何だ、今のは。」

ああ、終わった。私は絶望のあまり、カメラを落としそうになった。こんな暗い中でカメラのフラッシュを焚いてしまえば、眩しさに目を覚ましてしまうのは当たり前である。私は眠い目を擦っている隊長から、一歩、また一歩と、後ずさりして遠のいていった。どうしようどうしようどうしよう、私は死ぬのか、いやいっそ殺してくれ。

私の姿と、先ほどの光の元凶であるカメラを確認した隊長は、その一瞬ですべての状況を把握したらしい。隊長のとろんとした目が、一瞬で鋭い目つきに変わった。

「……彩蓮、何をしている。」

「え、え、えっと……」

「何をしている、と訊いている。」

椅子から静かに立ち上がった隊長が、これまでにない程の恐ろしい霊圧を放っている。当然だ。私がしたことは、ただの盗撮である。しかもよりにもよって、彼の寝顔だ。その目的が営利目的だというのだから、状況はなおさら最悪である。一歩、また一歩と、確実に距離を詰めてくる隊長に、私は距離を取ることも忘れていた。正直に話しても話さなくても、怒られるどころでは済まされないのは目に見えている。何よりも、隊長に失望されることだけは嫌だった。漸く隊長の目を見てちゃんと話せるようになったというのに、ここで失ってしまうのか。そんなことは、絶対に避けたかった。

「え、えっと、あの……写真を……」

「写真?」

「隊長の、お写真を……婆様に、頼まれていて!」

私の口から苦し紛れに飛び出したのは、婆様という言葉。恐らく隊長と私を繋ぐ、唯一の人物だ。彩蓮志希という存在なしに隊長との関係を語るのには、いくらか不足が生じてしまうほどには。私は改めて婆様の存在に感謝すると同時に、ありもしない婆様の願いを作り上げてしまったことに心の中で詫びた。

婆様、という言葉を聞いて、隊長は動きを止めた。しかし二人を取り巻く空気の重さは変わらない。

「志貴殿が、か。」

「はい、朽木隊長とお知り合いということで婆様に報告したところ、久しく会ってないので是非姿を見たい、と……。」

「ほう……。」

よくもこう、すらすらと嘘が出てくるものである。私は自分で自分に少し感心してしまった。とうとう隊長は腕を組んで考え込み始めた。こんなに単純に騙されてしまうなんて、もしかしたら隊長は案外天然なのかもしれない。騙している身ではありながらも、私は申し訳ない気持ちで一杯になった。

隊長の婆様に対する敬意の念は、この一か月で痛感している。隊舎の一角に飾られている“志”と書かれた掛け軸は、紛れもなく婆様が書いたものだった。隊長は思った以上に婆様の書く字に心酔しているらしい。そのことは、大抵の人を呼び捨てにする隊長が、婆様には殿という敬称を付けて呼んでいるということからもよくわかった。そんな彼女を引き合いに出せば、隊長も少しは許してくれるのではないだろうか。それに、婆様に見せるために撮っていたというのは半分本当のことである。完全に嘘をついている訳ではない。私は息を堪えて隊長の様子を伺った。

「では、何故寝ているところを撮る必要がある?」

「えっと、それは……隊長お写真撮られるの苦手なイメージだったので、こっそり撮らせていただこうかと……」

「彩蓮、それは盗撮だ。」

隊長の一言で、全てが片づけられてしまった。いくらもっともらしい言い訳を並べたところで、私のしたことは所詮ただの盗撮である。許される訳がない。私は半笑いを浮かべ、ですよね、という謎の同意の言葉を短く述べた。現実はそう甘くない。きっと謝ったぐらいでどうこうなる問題ではないだろう。曲がったことが大嫌いそうな隊長のことだ。これから彼の中で私は“自分の寝顔を写真に撮って他人に見せようとした悪趣味な女”というレッテルを貼られ続け、軽蔑の眼差しで私を見るのだろう。カメラも取り上げられ、最悪の場合六番隊を追い出されるかもしれない。いやな考えがぐるぐると私の中を渦巻いた。

「……ならば、彩蓮。終業後、時間はあるか。」

「はっ、え?」

「屋敷まで来い。」

「なっ、何故ですか!?」

「写真を撮るのであろう?」

開いた口が塞がらなかった。驚きのあまり手からカメラが滑り落ちそうになったのは、本日二度目である。隊長の婆様への心酔っぷりは、私が想像していたよりもずっとずっと重度のものだったらしい。



(執筆)130227
(公開)130302