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松本乱菊と名乗るその豊満な胸の女性は、私がイメージしていた松本乱菊と大体一致していた。以前から胸の大きさについてはたまちゃんから聞いていたが、その性格や風貌、第一印象までもが、私の中の勝手なイメージだった松本乱菊と一致していた。彼女曰く、入隊初日の全体集会で各隊の隊長と副隊長の紹介があった、らしい。私は一部始終余すことなく寝ていたので、初耳であった。

「ま、まさか副隊長とはつゆ知らず……とんだご無礼をお許しください。」

「お堅いわねぇ、いいわよ、気にしてないから。で、あなたは?お名前は?」

副隊長だとわかったからには、きちんと接さなくてはならない。いきら彼女がサボり魔だとしても、一応副隊長である。それなりに敬意を払わなくてはならない。私はきちんと背筋を伸ばした。

「彩蓮京葭と申します。今期から六番隊に配属……」

「六番隊!?」

「え、はい……。」

「六番隊で、カメラが好きで、しかも女の子!これってきっと運命よ!」

「……?」

松本副隊長は、何故かひとりで勝手に盛り上がり始めた。状況についていけない私は、手に持っていたカメラをそっと懐にしまった。なんとなく、これは本当になんとなくなのだけれど、ものすごく嫌な予感がする。根拠のない予感に促され、私は一歩だけ足を後退させた。

「あなた、女性死神協会って知ってる?」

「はい、名前はなんとなく……」

「じゃあ、その女性死神協会が今経済的危機に瀕してるってことも?」

「いえ、それは存じ上げておりません。……あ、あの、何かあるんですか……?」

もどかしい話し方に内心うんざりした私は、それとなく用件を促した。松本副隊長は嬉々とした表情で、長々と用件を話し出した。

女性死神協会とは、護廷十三隊の席官クラス以上の女性死神全員が所属しており、様々な企画や活動をする団体である。その内容は様々だが、くだらない内容の物が多数を占めているようだ。十一番隊副隊長の草鹿副隊長の無駄使いによって、常に予算面で危うい状況下に立たされているらしい。

そんな状況を打破するために、人気死神たちの写真集を出することにしたらしい。粗方の隊長の写真は集まったようだが、朽木隊長に限ってその撮影が難航しているそうだ。確かにあの隊長が写真集などという浮ついたものに興味を示すとも思えない。

「そこで、彩蓮さんに頼みが」

「いやです!」

松本副隊長が続きの言葉を発するより前に、私はその言葉を遮った。ここまで話を聞けば、彼女が何を言いたいのかは目に見えてわかる。

「そんなこと言わないで頂戴!」

「無理です!隊長を説得だなんてそんな、」

「説得じゃないわよ、盗撮してきて欲しいの!」

「そ、そんなのもっと無理ですって……!」

冗談じゃない。あの隊長と会話をすることでさえあんなに恐ろしいというのに、それを盗撮だなんて。こっそり撮ったとしても、あの隊長が気付かない訳がない。もし、盗撮を気付かれたら。考えただけで、背筋に冷たいものが走った。

「他の六番隊の方では駄目なんですか?所属してる女性の席官の方いらっしゃいますよね……?私なんかよりもそちらの方が……」

「頼んだわよ。でも皆カメラの扱い方が下手くそでね、売り物にできるような写真が一枚も撮れた試しがないのよ。」

「私だって特別上手い訳じゃ……」

「わかった、もし協力してくれれば、売り上げの一割はあなたに渡すわ。」

「い、一割!?」

私はごくりと唾を呑んだ。売り上げの一割となると、相当な金額になるのではないだろうか。他の隊長の写真集も、重版が決まるぐらいの売り上げを誇っているという。朽木隊長の写真ともなれば、相当の量が売れるのではないだろうか。

はっきり言えば、私は今金欠だ。なけなしのお給料だって、どんなに切り詰めた生活をしていても婆様の家に送る分と自分の生活費でだいたい底が尽きてしまう。私は腕を組んで考え込んだ。先ほどの乱菊さんの言い分からすると、六番隊の女性死神協会に所属している席官の女性は、ブレた写真でも一応撮ることはできたらしい。私の実力も、席官レベルである。上手くいけば、私にもできるかもしれない。

私の反応を見て、行けると思ったのだろう。松本副隊長は、最後の一押しをしてきた。

「できる時でいいのよ、急かしたりはしない。撮れそうな時に撮ってくれればそれで良いわ!」

「……本当ですか?」

「無理そうだったらその時はその時よ!」

悪い話ではなさそうだ。もし無理そうなら、断りを入れれば良い。それならとりあえず引き受けてしまうのも悪い話ではないだろう。私は金の誘惑に負け、ついに首を縦に振ることになった。

その軽率な判断が、良きにつけ悪しきにつけ、後々大きく私の人生を変えることになろうとは、当時の私は予想だにしていなかったのだ。



(執筆)130226
(公開)130301