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眩しい緑に目がくらむ。夏を呼び込む風が、少しだけさわやかな色を纏っている。一年で一番呼吸がしやすい時期だ。胸が疼くようなそんな季節の中、私たちはまた新たな旅立ちの日を迎えようとしている。
六番隊に入隊してからおよそ一か月の月日が過ぎた。一通りの研修を終えた私たちは、いよいよ自立の時を迎える。これからは常に、自分の足で自分を支えて生きていかなくてはならない。

「理吉さん、名残惜しいですけれど、今までありがとうございました……。」

「研修が終わっても、わからないことがあったら何でも聞いてくれて構わないよ。」

「はい……。」

「もう一生会えないみたいな顔しないでよ。」

どんよりとした雰囲気立ち込める私とは裏腹に、理吉さんは愉快そうに笑った。理吉さんの言うことは最もだ。研修が終わったからといって、もう一生会えなくなる訳ではない。わからないところがあれば訊きに行くことだってできる。だけど、私の心は一向に晴れなかった。

今までは理吉さんは私のパートナーで、一緒にいることが当然の相手だった。お昼ご飯だって一緒に食べたし、仕事中も一緒だし、休憩時間だって、帰り支度だって、常に一緒だった。研修が終われば、きっと理吉さんは同期の人と一緒にいることを優先してしまうだろう。私はまた、ひとりぼっちになってしまう。
霊術院時代にあれだけ疎ましいと思っていた人間関係だったが、今はそれがこんなに大切なものだったと痛感している。あの頃はたまちゃんが私の傍にいて、彼女さえいれば他の人などどうでも良いと思っていた。しかし彼女がいない今、私は本当にひとりぼっちなのである。そんな中、頼りにできるのは理吉さんだけだったのだ。新しい友達を見つけようにも、既に出来上がっている輪の中に飛び込んで行くのはそれなりの勇気がいる。それにそこまでして無理矢理馬の合わない友達を作るのは嫌だった。

「彩蓮さんが居眠りしてもすぐに起こしてくれるひとはもういないんだから、しっかりね。」

「……寝てたら、理吉さん起こしにきてください。」

「はは、出来る限りはそうするよ!」

結局理吉さんに何を言うこともできず、私はまた一人ぼっちになってしまった。今日の休憩時間はどうしよう。お昼ご飯はどうしよう。午前の任務中は、そのことばかり考えていた。お陰さまで、私が眠気に襲われることはなかった。任務中は友達が多くても少なくても、一人の時間は平等にやってくる。これならずっと任務をしていた方が気が楽かもしれない、と思い始めた頃に、残酷にも昼の休憩時間はやってきた。一斉に散らばる隊士の群れ。間もなくしてからっぽになった空間の中には、もちろん理吉さんはいなかった。私は大きく溜息をついた。

「……たまちゃんのところに行こう。」

私は自分に言い聞かせるようにそう言って、静かに席を立った。




「鹿野枝十八席だったら、まだ執務中ですよ。」

「……そうですか、そうですよね、ありがとうございました。」

「副隊長がどこか行ったせいで、その分の仕事が鹿野枝さんに回ってきてるみたいです。でもまあ、数十分すれば終わると思いますよ。」

勇気を出して呼び止めた十番隊の隊士は、さらりとそう言った。私は引きつった愛想笑いを浮かべ、礼を言ってその場を後にした。副隊長がいなくなるのはいつものことだと言うようなものの言い方に、私は少なからず憤慨した。他の隊のことに口出しをできるご身分ではないが、そのせいで部下に迷惑が掛かっているというのにその対処もしないこの隊はどうかしている。

さて、どうしようか。数十分で終わるのならば、ここで待つのが得策だろう。一人で食堂には行きたくなかった。実際一人で昼ごはんを食べていても、周りはそんなに気にしないだろう。というか、興味すら示さないだろう。気になるのは自分だけだ。友達がいなくて一人ぼっちでご飯を食べているという事実が嫌なのだ。

私は手持ちの袋からカメラを取り出した。霊術院卒業間近に、以前から溜めていた貯金全額叩いて買った、高性能のカメラだ。現世で言う一眼レフというもので、デジタルカメラよりもずっと値が張るもので、手に入れるのに少々苦労したカメラである。もう瀞霊廷に行くことのできない婆様に、少しでも瀞霊廷内の様子を見せてやりたくて、自力で購入したものだ。ここ最近はその忙しさになかなか写真を撮ることができずにいたが、このような空いた時間にちょくちょく撮り溜めて、婆様に渡すのだ。私はとりあえず、カメラを構えて十番隊の隊舎をフレームの中に収めた。シャッターを半押しして、その建物にピントを合わせる。その一瞬を、空間を縁取って切り取るように、私はシャッターを強く押した、その瞬間。何か黄色い物が、その空間の半分を埋め尽くした。私は驚きのあまり、その場で尻もちをついた。

「な、な、な……」

「なーによ、失礼ね。人を化け物みたいに扱わないで頂戴。」

その黄色い物の正体は、一人の女性だった。いや、それでは語弊が生まれるだろう。その正体は、女性の髪だった。

「いきなりそんな間近でカメラ覗き込まないでくださいよ……!」

「ごめんごめん!……あなた、お名前は?何番隊?カメラ好きなの?見覚えないあたり、十番隊ではないわよね?」

いきなりの質問攻めに、私は頭が追い付いていかなかった。あなたのお名前など、私が聞きたいぐらいである。その女性は豊満な胸と綺麗な金髪の持ち主で、外人と見間違えるほどの美貌の持ち主だった。どこかで見たことあるような、ないような……

「……あなた、もしかして私のこと知らないの?」

「え、いや、なんとなく見たことあるような……」

「もう!私は十番隊副隊長の松本乱菊!乱菊さんって呼んでもらって構わないわよ!」

彼女はぽかんと口を開けた私に向かって、綺麗にウインクをした。それでもやっぱり私の視線は、彼女の零れ落ちそうな胸に奪われたままだった。




(執筆)130226
(公開)130228