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「#エロ」のBL小説を読む
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研修用の書類で溢れかえる机。私はその書類に、端から目を通していた。書類の内容はごく単純なものなので新米達にも処理できるようなものばかりだったが、やはり後半のものになると単純なミスや字の荒れが目立っていた。
新米隊士の大半は、見るからに力仕事の得意そうな男ばかりだ。早く戦線に立ちたいとわざわざ申し出てくる輩もいる。字を書きなれていないのだろう、仕方のないことだと言ってしまえばそれまでなのだが、新米のうちは討伐の任務を任せることは少ない。文字を書くことにも慣れてもらわなければならない。

「書類はこれで全部っすね。」

書類を全て運び終えた恋次は、大きく背伸びをした。約三十人分の書類とは言っても、所詮新米の仕事量だ。その量はあまり多いとは言えない。しかしその書類の山の中で、一つだけ跳びぬけた高さの山を作っているものがあった。彩蓮が持ってきた書類である。

恋次も関心を持ったらしく、その書類の一番上の紙を取った。おお、という感嘆の息が漏れる。

「すごい量なのに綺麗な字っすね、この書類の担当は誰でしたっけ?」

「彩蓮だ。」

「へえ……って、ええ!?」

予想通りの反応である。彩蓮京葭は入隊初日から隊士全員の前で恥を晒された、前代未聞の新米隊士だ。つい一週間前の恋次は、使えなさそうな隊士が入ってきたとぶつくさ愚痴を漏らしていた。しかし蓋を開けてみれば驚きの有能さだった。相変わらず出席ギリギリに駆け込んでくる女だが、彼女の仕事っぷりには目を見張るものがあった。

「……意外と使えそうっすね。」

「ああ。遅刻と居眠りさえなければ良いのだが。」

各新米隊士の様子は研修担当の隊員から逐一報告がある。彼女の担当である行木理吉曰く、彼女の居眠りに度々悩まされているとのことだ。書類を提出しに来た時にでも注意しようと思っていたのだが、寝ていたにも関わらずこの書類の量である。見逃してやったという訳ではないが、彼女は本当に居眠りなどしていたのだろうか、という疑問が浮かんだ。

「そういえば隊長、確か明日から稽古始まるんですよね?」

「ああ、一週間ほどを予定している。」

「いやあ、楽しみっすね!」

恋次の弾んだ言葉に、そうだな、と特に感情を込めることもなく短く答える
明日から一週間、新米隊士の稽古が始まる。霊術院をトップの実力で卒業した彩蓮の底の見えない実力に、少しだけ興味が湧いた。




「ほんと、仕事しないのよ、あの副隊長。」

久しぶりに会ったたまちゃんは、心なしか少しやつれていた。私は苦笑いしながらつまみに手を伸ばした。

入隊してから一週間。漸く一区切りを迎えた私たちは、安いことで有名な居酒屋に来ていた。有名店ということもあり、其処等中死神で溢れかえっていた。私たちはなるべく人目につかない端っこの方の席に座り、酒で一週間分の疲れを癒していた。

「その分私たちに仕事が回ってきて、すっごく大変。」

「たまちゃん十八席だもんね……。」

彼女は徳利を片手に、十番隊での出来事をつらつらと話し出した。お手洗いから帰ってくると手の付けていない書類の山が少しだけ高くなっている話だとか、書類を提出しに行くと決まって副隊長が寝ている話だとか、副隊長の胸が大きい話だとか、兎に角松本副隊長の話ばかりだった。松本副隊長に関する苦労話をしているたまちゃんは少しだけ楽しそうで、私は思わず笑ってしまった。

「たまちゃん、楽しそう。」

「……うん、なんだかんだで、すごく楽しい。確かにサボり魔だけど、剣の稽古の時とか、すごくかっこいいの!」

そう言ったたまちゃんは、とても幸せそうに笑った。目の下にクマが出来ているあたりが、いまいち決まってないのだけれど。
ずっと憧れていた人の下で働くことができたのだ。書類を押し付けられたって、怒られたりしたって、この上なく幸せなのだろう。理吉さんもそうだったように。

「彩蓮はどう?六番隊。」

「……。」

「ん?どうしたの?」

おかしいな。たまちゃんに会うまで言いたいことは沢山あったはずなのに、何から話せば良いのやら。言葉がなかなか出てこなかった。

思えばこの一週間、様々なことがあった。初日から怒られて、次の日も遅刻して怒られて、遅刻だけは避けたくて日課にしていた深夜の鍛錬も少しで切り上げるようにして、研修担当の先輩がすごく優しくて、居眠りしても優しく起こしてくれて……
昨日まで、いや、隊長に書類を提出しに行くまでは、私はたまちゃんに隊長の愚痴を言おうと、そう心に決めていた。だけどそんなことは、今日の午後の出来事でどうでもよくなってしまった。

「研修の先輩は優しいんだけど隊長はすごく厳しくて、みんなの前で怒られたりして……」

「あらら、それはお気の毒……。」

「だけど私、この隊で頑張ってみようと思う!」

いやに前向きな私の発言に、たまちゃんは首を傾げた。それもそのはず。これまでの私を見ていた彼女なら、私のこの発言を不思議に思うはずだ。怒られると丸一日そのことを引き摺り、注意されてもしっかりと受け止めることなく愚痴を言って自己完結させてしまう。それが今までの私だった。
そんな私が、何故か今とても前向きな発言をしているのだ。たまちゃんはまるで我が子の成長を喜ぶような、そんな顔をした。

「京葭、成長したんだね……。」

「いや、私もついさっきまで隊長怖くて仕方なかったんだけどね。字を褒めて貰えて……すごく嬉しくて。」

「字?朽木隊長に字褒められたの?」

「うん、芯の通った字を書くな、って。」

「朽木隊長って、書道でいくつか賞とったりしてる程の人じゃん!すごい!」

たまちゃんは徳利を机の上に置き、私の方に身を乗り出した。どうやら酔ってるらしい。

やはり、朽木隊長はすごい人だったらしい。師範ときいた時からもしかしたらとは思っていたが、受賞した経験があるということは相当すごいのだろう。そもそも書道教室を開くというのは私の人生の目標である。死神、当主という大役を担いつつもその私の夢を叶えているというのだから、尊敬せざるをえない。怒られるのはすごく怖いけれど、それでも隊長に近付きたいと、今はなんとなくそう思えるのだ。

「でも、よかったね。私と一緒。」

「え、何が?」

「目標にできる人がいるって、とっても素敵でしょ?」

たまちゃんは机に突っ伏した顔を上げ、私にそっと微笑みかけた。私は一瞬驚いたような顔をしたがすぐに笑って、そうだね、とだけ答えた。




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