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朝礼が終わり、私たち新米隊士は副隊長の元へ集められた。私はまた朽木隊長から直々に呼び出しを食らうのではないかとはらはらしていたが、そのようなことはなさそうだ。隊長は朝礼が終わると、私の方を一瞥もせずに隊首室の方へ消えて行った。私は安心のあまり眩暈で倒れそうになった。

新米隊士は私を含めて三十名ほど。この尸魂界はここ数年間、長期に渡る戦乱続きだった。自分の命や家族のことを第一に考えて死神を辞めてしまう者も多く、人員不足だったという。そんな中で即戦力となりそうな新米の死神を集めているのだろう、皆顔からして強いオーラが滲み出ている。私のように小柄な女はほぼおらず、その八割ががたいの良い男である。そんな中で私は体を縮ませていた。

私はこの新米隊士の中で、上から何番目の死神なのだろう。入隊前の私だったら、一番二番は手堅いと思い込んでいただろう。しかし昨日の隊長の言葉が、私の戦意を喪失させていた。実力どうこうの問題ではない。任務初日から遅刻するなど、きっと六番隊の誰しもが私のことを今期の新米隊士で一番使えない奴だと思っているに違いない。

副隊長が大きく手を叩く。それだけで、ざわめいていた新米隊士たちはきりっとした表情に一変し、副隊長の方へ向き直った。これぞ鶴の一声である。もとより喋る相手のいない私は最初から副隊長の方を見ていたのだけれど。

「お前らには今日から一か月間、研修をしてもらう。」

副隊長は、何やら表の書かれた紙を私達に見せ、壁に貼った。そこには名前がずらりと縦二列に渡って書かれていた。私は精一杯背伸びをして自分の名前を探した。

「お前らには、先輩に一人ずつ付いてもらう。自分の名前の横に書かれている奴が、一か月間お前らの面倒を見る奴だ。」

周りがざわつき出す。一か月間行動を共にする先輩である。当たり外れはあろうとも、文句も言わずに一か月間付き添われなければならない先輩である。私は不安で胸が押しつぶされそうだった。昨日から私は異様なまでにも運が悪いような気がしてならないのだ。
ものすごく怖い先輩だったらどうしよう。厳しい人だったらどうしよう。いや、むしろ私を指導するという先輩は、私を指導することを嫌がっているかもしれない。昨日も今日もやらかした女だ。厄介な後輩を指導することになってしまい、頭を抱えているかもしれない。

そんな私を指導する哀れな先輩の名前を確認すべく、私は一生懸命背伸びをして壁に貼られた表を見ようとした。しかし私の低い身長で周りのがたいの良い男性死神を相手にしようだなんて、無謀な試みだった。あれよあれよという間に私はその人混みの中から放り出されてしまった。その拍子によろめいた私は、そのまま柱の角に頭をぶつけた。ゴン、という鈍い音が私の頭の中にこだまする。じんじん痛む頭を抱え、私はその場に座り込んだ。

ああ、もう。昨日から不幸の連続だ。私は今にも泣きそうだった。六番隊に入隊してからたったの二十四時間しか経っていないというのに、私は一年分の苦悩を味わったような気分になっていた。こんな日々が毎日続くのだろうか。泣きっ面に蜂である。

微動だにしない私の肩が、不意に叩かれた。今にも泣きそうだった私は慌てて涙を引っ込めて後を振り返った。優しい顔の男性死神が、心配そうに私の顔を覗き込んでいた。私は思わずヒッと声を漏らした。

「あ、ごめんね、驚かせちゃったかな……。」

「あ、いや、その、ごめんなさい……。」

驚いた、と言うよりかは。今の今まで私は、六番隊は恐ろしい顔の男の集まりだと思い込んでいた。眼力の凄い隊長に、常に睨みを利かせている副隊長に、がたいの良い新米隊士たち。そんな中で私は初めて優男風の隊士に出会ったのだ。心の温度が少しだけ上がったような気がした。

こんな場所でうずくまっていては、通行の邪魔にもなるだろう。私は慌てて立ち上がり、深く頭を下げた。

「申し訳ございません、こんな場所で……邪魔ですよね。」

「いや、そうじゃなくて。研修の紙、見た?」

「あ、いえ、見ようと思ったんですけど……」

人混みの方に顔を向けると、彼もつられてそちらに顔を向けた。そこにはまだ相変わらず人だかりができていて、さながら試験の成績発表に集る学生達のようだった。その人混みを見て、彼は全てを察したように笑った。

「……でもまあ、その必要はないよ。」

「え?」

「オレ、行木理吉っていいます。これから一か月間、彩蓮さんの研修を担当します。よろしくね。」

彼は人懐っこい笑顔で私に笑いかけ、手を差し伸べた。塞翁が馬とはよく言ったものである。私は六番隊に来て初めて、心の拠り所を見つけたのだった。



130220