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「おい、お前だお前。」

入隊式も終わり、隊舎は新米隊士同士の交流……馴れ合いの場になった。名前は?出身は?そんな疑問符が飛び交う中、私はなるべく存在感を消して歩いた。こういう自由交流の場はあまり得意ではない。自分から声を掛けられないタイプの私は、人が話しかけてくれるのを待つことしかできないのだ。新米隊士のほとんどが男性で、しかも今は人と話す気分にはなれない。一刻も早くこの場から逃げ出したい、そんな気持ちで一杯だった。

「お前だって言ってんだろ!!」

いきなり首根っこを掴まれる。ぐえっというだらしない声を漏らして後を振り向くと、その正体はものすごい形相の阿散井副隊長だった。先ほどからお前だお前だという声は聞こえていたのだが、それを指す人物が自分だとはこれっぽっちも思っていなかった。名前で呼んでくれればいいのに、と思ったが、新米隊士の名前など一々覚えていないのだろう。

「はっ、も、申し訳ございません!気付きませんでした……」

「隊長がお呼びだ。隊首室まで来い。」

一気に血の気が引いて行くのが自分でもわかった。入隊早々、呼び出しを食らってしまった。ものすごく行きたくない。だが、ここで行くのを拒否したら私の未来がなくなることぐらいわかっている。私は阿散井副隊長の後をついて行った。通りすがりの死神達が、そんな私たちのことを物珍しそうな目で見ている。ああ、さっきの子。隊長に怒られてた子だ。入隊早々呼び出しとかかわいそう。そんな他人事のような同情の言葉が聞こえてきた。私は耳を塞ぎたくなる衝動をぐっと堪えた。

「ここだ、入れ。」

副隊長の足は、廊下の突き当たりの扉の前で止まった。物々しいオーラを放つ扉が、私の行く手を塞いでいる。私はごくりと唾を呑み込んだ。
私はこの中で、どのようなお叱りを受けるのだろうか。でも、叱られたぐらいで引き摺っているようでは、今後この隊ではやっていけないだろう。もう前髪のことなんて考えていられるような状況ではない。ちゃんと隊長の方を向いてお叱りを受けよう。気を強く持とう。鈍感力だ、鈍感力。今にも逃げ出してしまいたくなるような衝動を抑え込み、私は扉を二回ノックした。

「入れ。」

中から隊長の声がした。ああ、ものすごく入りたくない。私は震える手で扉を開けた。扉の真正面の奥に置かれた机には、書類が大量に積まれている。その書類の一つに筆を滑らせていた隊長は、私が来たことを確認すると、筆を置いて私を見た。
ああ、こういう場合、何て言えばいいんだっけ。私は慌てて口を開いた。

「え、あ、えと、失礼致します。本日六番隊に配属となりました……」

「彩蓮京葭。」

「は、はい!」

隊長は積まれていた書類の一番上の紙を手に取った。おそらく新米隊士の一覧表か何かだろう。私は下を向きそうになる衝動をぐっとこらえた。

「霊術院を特進クラスで卒業。霊圧、剣技、鬼道、実力はどれも席官レベル。にも関わらず、内申点は悪い。原因は遅刻や居眠り。……間違いないな?」

「……はい、滅相も御座いません。」

私はしゅんと肩を落とした。私の霊術院でのデータは、隊長に筒抜けらしい。短い前髪が、冷や汗で額にくっついている。気持ち悪いが、前髪に手をやればまた怒られるだろう。

「彩蓮、私がお前を呼び出した理由はわかっているな?言ってみろ。」

「は、はい。隊長のお話の途中で髪を弄るというとんだ無礼を……」

「もう一つあるだろう。」

「へっ……?」

つい間のぬけた返事をしてしまい、慌てて口元に手をやる。もう一つ、とは。注意されてもずっと下を向いていたことだろうか。

「総隊長の挨拶の内容を言ってみろ。」

私は思わず倒れそうになった。見られていたんだ、最初から。全体での入隊式の時に寝ていた一部始終を、彼は見ていたのだ。だから六番隊の入隊式で隊長と目が合った時、あんな目で私を見てきたんだ。私を一番前に並ばせたのも、きっと居眠り防止のためだったのだろう。緊張で火照っていた私の顔は、一気に真っ青になった。

「立ったまま寝るなど、随分と器用な特技ではないか。」

「申し訳ございません、とんだご無礼を……」

「入隊式で寝ていたのは貴様だけだ。」

そんな馬鹿な。私はただただ純粋に驚いた。あんなに退屈な席で寝ないだなんて、みんなどうかしてる。なんてことは口が腐っても言えないが。確かにあの緊張感の中で寝るのは、かなりの度胸が必要だ。……私がおかしいだけか。

何と言えば良いのか。思い浮かぶ言葉は言い訳の言葉ばかりだ。この状況で言い訳をしたってかえって状況を悪くしてしまう一方だ。私は低く唸ったまま黙り込んでしまった。重々しい沈黙を破ったのは隊長の方だった。

「霊術院では、実力があるからという理由で少しの無礼は目を瞑ってもらっていたかもしれない。」

今まで書類に目を落としていた隊長が顔を上げ、私の目を見た。霊圧なんて感じない、だけど、彼の目を見た私は思わず身じろぎをした。静かな怒りを宿したその目に、私は心の底から恐怖した。この目は、私が見て良いようなものではない。咄嗟にそう思った。

「ここは霊術院と違い、護廷十三隊だ。お前ほどの実力の者など、探せばいくらでも見つかる。自惚れぬことだ。」

図星だった。私は今まで、実力があるという理由で大抵の無礼は目を瞑ってもらっていた。成績が良いから仕方ない、と。しかしここは護廷十三隊だ。新米の私は、新米にしては力は上かもしれないが、私ほどの力を持っている死神などごまんといるだろう。私がいなくなっても、変わりなどいくらでもいる。ごもっともな話である。

「話は終わりだ。下がれ。」

「……はい。」

「最後にもう一つ。我が隊では、事前申告のない遅刻には処罰を課す制度を取り入れている。精々気を付けるように。」

「…………はい。」

前を向いて説教を受けよう。そう思っていたはずなのに、今の私の顔は完全に下を向いていた。形式的なお辞儀をして、部屋の外に出る。微かに遠くのざわめきの残る、誰もいない廊下で、私は崩れ落ちるように膝を付いた。

悔しかった。今まで自分の実力を否定されたことは、一度もなかったから。否定されないように、日々鍛錬を怠らなかった。そんな私のプライドを、こんなにもあっさりと、筋の通った正論で論破されてしまった。隊長の言うことはごもっともだった。でも、私にはそれを素直に受け止めて日々の糧にするような吸収力や素直さはなかった。

入隊して一日目。朽木隊長は、私の中で苦手な存在ナンバーワンとなった。



130204