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今日は入隊式だ。全体集会で総隊長のお話を聞いた後、各隊に分かれてそれぞれの隊長の話を聞く。私は昔からずっとこの手の話が苦手だった。霊術院でも似たような式典があったりしたが、私は決まって爆睡していた。全体集会で、私は案の定眠りこけていた。幸いなことに私は背が低く、前の男子の影に隠れて眠ることができたのだ。
六番隊での入隊式も、私はなるべく後の方に並んだ。数十名の新米隊士がいるが、その大部分はやる気に満ち溢れているためか、競って前の方に並びたがる。好都合だ。私は背の高い男の隊士の後に並んだ。
正直な話、隠れて寝たいという理由ではなく、ただ単に切りすぎた前髪をなるべく人に見られたくないというのが主な理由である。皆が胸を張って前を見据えている中、私は俯き加減でずっと下を見ていた。

「朽木隊長、こちらです。」

間もなくして、隊長が姿を現した。ちらりとその姿に目をやる。とても男とは思えないほどの色白の肌、整った顔立ち、鋭い目。死神の中にはファンも多いだとか、写真集が出るという話も出ているだとか、そんな話をよく聞くが、私にはその美しさが妙に恐ろしかった。とにかく美しさを追求して作り込まれた人形のような人だ、と思った。
私が彼を見ていたのは、ほんの数秒の間だっただろうか。隊長の鋭い目が、こちらを向いた。私はびくりと肩を揺らした。その一瞬で体中から汗がぶわっと吹き出したのがわかった。目線を合わせただけでわかってしまう。彼の霊力は、並大抵のものではない。

隊長は私たちの列の前で立ち止まった。私の場所からは隊長の姿が見えなかった。隊長からも私は見えないはずである。私は安堵の溜息をついた。

しかし隊長の一言で、私の血の気が引いて行くのがわかった。

「顔の見えない者は、前列と場所を交代するように。」

恐る恐る背伸びをして隊長の方を見ると、彼の目は明らかに私を見ていた。私ピンポイントで放たれた言葉らしい。これは何かしらの陰謀を感じるレベルである。おそらく私は、泣きそうな顔をしてたと思う。前の男が紳士的にどうぞ、だなんて言って私に場所を譲ってくれたが、その善意すらも悪意のように感じてしまう。私は俯いたまま前に進み出た。結局私は一番前の列になってしまった。……右端の方だから、まだマシかもしれないけれど。

「……では、六番隊入隊式を始める。」

礼、という副隊長の声で、皆一斉に頭を下げた。礼が終わっても、私は少し俯き加減で隊長の話を聞いていた。前髪が少し目にかかるぐらいで切ろうなんて思わなきゃよかった。だって、隊長の髪ですら前髪が異様に長い。規律に厳しい六番隊だから、髪が目にかかったら怒られるんじゃないかなどと無駄な心配をしていた自分が馬鹿馬鹿しい。前髪、早く伸びないかな。私は自分の前髪に手をやり、異様に広いおでこを髪でなんとか隠そうとした。

「そこの無礼者。」

隊長の鋭い声。私ははっとして顔を上げた。隊長の射抜くような視線が、私の目を捕えた。刃が喉元に突き付けられたような、そんな感覚。私は息をすることも忘れてしまった。周りの目線の先は、明らかに私だ。無礼者、とは、やはり私のことらしい。体中の血液が、顔に集まって行くのを感じた。

「人が話している時に髪を弄るというのは、人として恥ずべき行動だ。」

「……申し訳、ございません……。」

自分でもやっと聞き取れるような、蚊の鳴くような声だった。私は本当に泣きそうだった。穴があったら入りたいとはまさにこのことだろう。今すぐにでも隊舎を飛び出して、家に帰って、部屋の隅っこで布団にうずくまって一生を過ごしたい。入隊早々、こんなにくだらないことで怒られることになろうとは。全て前髪のせいである。

それから暫くは、隊長の話が続いた。私は相変わらず俯いていた。前髪どうこうの話ではない。隊長が怖い。隊長の方を向きたくない。自分が彼に怒られて、どんな顔をしているのかを見られたくない。私のメンタルはズタボロだった。第一印象とは大切なもので、入隊早々彼に怒られた私は、彼のことを完全に敵としてしか見ることができなくなっていた。仮にも自分の隊の隊長である。そんな気持ちではやっていけないということぐらいわかっているつもりだ。それに、冷静に考えてみれば悪いのは私である。逆に、隊長の方も、入隊早々自分の話を髪を弄りながら聞いていた私のことを、態度の悪い隊士と思い込んだに違いない。袖を通したばかりの皺ひとつない死覇装を、ぎゅっと握りこんだ。



130204