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ああもう、最悪。自分の斜め下あたりに視線を落として重い足取りで歩く私の横を、楽しそうに走って行く黒尽くめの団体が通り過ぎた。恐らく新米隊士だろう、何番隊配属だの上司がイケメンだの話していたから。かく言う私も、今日から新米隊士なのだが。上を見ても下を見ても、私達を歓迎しているかのような桃色の空に絨毯。それは私の今の気分には全くそぐわないものだった。きっと先ほどの新米隊士も、いや、おそらく今日夢の死神デビューを果たす新米隊士達は、今日から始まる新しい生活に心躍らされていたり、気を引き締めなおしていたりと、色々と新鮮に思うことがあるだろう。周りは程よい緊張感と期待の空気で満ちていた。

「京葭、おはよう。どうしたの浮かない顔して……。」

私の肩をポンと叩いたのは、珠緒ことたまちゃんだった。彼女は霊術院の一年の頃からずっと同じ特進クラスで、一番の、唯一の友人だった。他にも友人と呼べそうな人は何人かいたのだが、たまちゃんと私以外は入隊試験で落ちてしまったらしい。
人付き合いの悪い私だったが、たまちゃんのことは大好きだ。彼女はべったりくっ付く訳でもなく、程よい距離感を持って私に接してくれた。いつも一緒にいるけれど、無言の空間すら心地よいと思わせてくれる人だ。人間関係は何事も腹八分目の付き合いを、とはよく言ったものだ。干渉し合うこともなく、しかし必要としている時には常に隣にいてくれる彼女は、私にとってとても頼りになる存在だ。

でも、今だけは彼女に会いたくなかった。私は彼女の方から顔を背けた。

「何、どうしたの?配属先の隊別れちゃったのがそんなにショック?」

「う、うん、まあそれもあるんだけど……」

私は曖昧な返事をした。たまちゃんの配属は十番隊の十八席である。特進クラスの、しかもトップレベルの実力を誇る生徒だった。十番隊は彼女がずっと志望していた隊である。たまちゃんはその隊の副官である松本副隊長に憧れて死神になったぐらいだ。おめでたい話である。

私の希望の隊も十番隊だった。特にどこが良いなどはなかったが、何故十番隊なのかと問われれば、それはもちろんたまちゃんと同じ隊に入りたかったからである。特進クラスの、しかもたまちゃんと引けを取らないほどの実力の持ち主の私ならばその希望は通るだろうと勝手に思い込んでいたのだが。

「まあ仕方ないっちゃ仕方ないよ。京葭は実力は私よりあるだろうけどさ、居眠りも遅刻も多かったし。」

「だ、だって……」

「内申点ものすごく悪かったんでしょ?」

私は言葉を詰まらせた。その通りである。私は日ごろの遅刻や居眠りの多さから、先生に目を付けられっぱなしであった。幸いなことに実力だけはあった私は、留年だけは逃れられたのだが。
しかし私がこんなに遅刻や居眠りが多かったのにも、それにも関わらず実力だけはあるのには理由がある。私は学校が終わると、夜遅くまでこっそりと鍛錬を重ねていた。私は強くなりたかったのだ、流魂街の祖母のためにも。強くなって、彼女が叶えることのできなかった夢を、叶えてあげたかったのだ。私はぎゅっと手を強く握りしめた。

「でも六番隊でしょ?いいじゃん、あそこの隊長ってすごく有名な方でしょ。」

「あ、うん。でも遅刻とかにうるさそう……。」

「ちゃんと寝なきゃだめだよ。十番隊ともそんなに遠くないし、お昼とかは一緒に食べようよ、ね?」

たまちゃんは頑張って私を励ました。しかし私の心は一向に晴れなかった。なぜなら、私を今一番落ち込ませている原因はその件ではないからだ。

たまちゃんが、ねえ、と言って俯く私の顔を覗き込んだ。それと同時に、彼女はぶふっと噴き出した。ああほらやっぱり、おかしいよなぁ。

「酷いよたまちゃん……」

「いやぁごめん、だってあまりにも衝撃的すぎて!え、で、どうしたの?その前髪。」

「切りすぎたのっ!」

私はばっと顔を上げ、異様に広いじぶんのおでこを手で隠し彼女を睨みつけた。今日たまちゃんの顔をちゃんと見たのはこれが初めてである。明日から死神、ということで、目にかかる邪魔な前髪を少し整えてしまおうと思った結果がこれである。割と本気で今日は欠席しようかと思った。

「はは、でもいいじゃん、似合ってるよ。」

「笑ったくせにそれはないよ!」

「いいじゃんいいじゃん、すぐ伸びるって!」

大丈夫大丈夫、そう言ってたまちゃんは私の肩をぽんぽん、と二回叩いた。それだけで肩の荷が少しだけ軽くなったような気がした。彼女といると、自分が二倍ぐらい強くなるような、そんな気がした。

でも、そんな彼女も今日から私の隣にいない。数秒前に軽くなったはずの肩が、また重さを増したような気がした。



130203