どきどきだけじゃ治まらない
はぁはぁ。息が思い通りにできない。
それはそうだ、ここまで電車で来て駅から走ってきたのだ。握り締められた手の中には、『風邪ひいた』という件名のメールがあった。
見覚えのある家のインターホンを押し、とある人物を待つ。家の中に入るのは初めてなので、少し緊張する。

「あれ? どちら様?」
「え? あの……え?」
少し違和感のある人物を目の前にして私は戸惑ってしまった。服は赤色だし、声も違う、それに仕草も。風邪で変になったのかと思う反面、怖い気持ちがあった。

「もしかして、誰かのお客さん?」

「あ、えっとチョロ……松じゃないですよね?」

「あー、違う違う。俺はおそ松。六人兄弟の長男」
六人兄弟? おそ松? 初めて聞いたワードだ。
とりあえず、そのおそ松さんは私を家へあがらせてくれた。襖を開けたその部屋には椅子に座っているチョロ松似の人物が五人。そして、その中には本人と思われる者がいた。
いつも通りの緑色のシャツにきちんとした髪、比較的小さな目。まさにチョロ松だった。

「チョロ松、風邪は治ったの?」
私はチョロ松であろう人物に目を向けた。すると、分かっちゃったかという顔で私を見た。そして、「それ嘘なんだ」と申し訳なさそうに言った。
私はそんな彼を可愛らしく思う。

「そうなんだ。よかったー。もう、心配したんだからね」
ごめん、と謝るチョロ松を私はすぐに許してしまった。いつもはこんなことをしない彼が今日、こうして嘘をついてまで私をここに呼び出したかった理由がきっとあるはずだ。

「で、そちらの娘さんは?」
「あぁ、紹介するよ。僕の彼女だよ、母さん」
グイッと腕を引っ張られ、私はチョロ松のお母さんの前に立った。うわー、化粧もう少し丁寧にすれば良かった。

「あ、の、宮本彩花です。チョロ松君にはいつもお世話になっています」
全然余裕なんて無いし、胸はドキドキしてるし、あー、この空気から開放されたい。

「あらまぁ! で、結婚はいつ? 孫は?」
あ、お母さんって呼んでいいからね、とグイグイとせめよられる。私は何をしたら正解なのか分からず口をパクパクさせていた。

「母さん、彩花が大変だから。あと結婚はまだだよ。プロポーズだってまだなんだから」
「セッ〇〇スは?」
「母さん!」
チョロ松は少し顔を赤らめて大きめな声で言った。多分、私はもっと顔が赤いはず。

「もうここですれば?」
「しないよ! おそ松兄さん!」
「じゃぁ、プロポーズは?」
「他の所でするからいいの、トド松」
「見てみたい」
「見せられないよ、一松」
はぁ、とため息をつき椅子に座るチョロ松。お疲れ気味の様子で、本当に風になりそうで怖い。あとで話聞いてあげよう。

「で、孫は?」
「あっと、チョロ松君と作るつもり……です」
「うわー、だいたーん」
おそ松さんにそう言われ、私は自分の犯したことにやっと気づいた。
そして、この日、私は最も恥ずかしい思いをしたのでした。





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