三日月宗近と元見習い
美しい刀であるのだから、美しい付喪神であるのは当然だと師匠は言っていた。師匠が下ろした三日月宗近は、自らをじじいと言いながらも鋭い眼差しと覇気を纏っていた。どこがじじいだ。
師匠の本丸に居候している私は当然、師匠の刀剣男子とも顔を合わせるのだが、三日月宗近に気に入られたのか何なのか、あれは私によく声を掛けた。
「お主は名を何という」
私は頑なに答えなかった。当然だ。人の名は、その人の魂そのものを支配する力を持っている。
私たち審神者の間でさえ名の取り扱いには注意するよう言い付けられているのに、付喪神に知られてもみろ。あっという間に支配されて、神隠しされるに決まってる。
特に私は母から再三言われていた。「あなたは美味しそうに見えるから気を付けるのよ」と。何のことかは当時は分からなかったが、この前師匠に「お前は力の質は最上級なんだから」と言われて理解した。
「弟子、とお呼びくださいませ。三日月宗近殿」
だから私たちは真っ先に名を呼ぶのだ。何回でも、事あるごとに、過剰なほどに、名を呼ぶのだ。私たちの少なく弱い霊力でも、枷になるから。
私が一人前の審神者として師匠の元を去るとき、師匠から三日月宗近を下げ渡された。
私は目を剥いた。師匠は笑うだけだった。
*** ***
「新たな主よ、名を教えてはくれぬのか」
「でしたらば、主で十分でしょう三日月宗近」
「主は俺を信用しておらぬ、と」
「自分より力の強い者を使役しているというのに、相手に気を許すとでも?」
「それで良いのか?共に戦いゆくナカマであろう」
振り返る。三日月宗近は笑った。にこりと、穏やかに。
あぁ、だから嫌だった。そもそも私は臆病だ。だから底が知れない相手は極力避けて生きてきたのに。なのに、こんな仕事に就いてしまった。
神などという名がついていても。名前がそれの本質を表すとしても。付喪神は妖怪とそれほど変わらない存在である。神と妖怪の線引きは曖昧で、害があるかないか、それが大きなところだ。
目の前の笑顔の男が、私に害を及ぼすのか。まだそれを測りかねている。
「では誓おう。俺は主の絶対の味方であると」
「それが私が望む三日月宗近の姿とは限りません」
「では、害を与えないと」
「何に誓うと言うのですか」
三日月宗近はすい、と顔を上げた。空には月が顔を出している。
彼の領域だと思った。月は美しい三日月だった。
「…月に。空に浮かぶ月に誓おう」
「満ち欠けを繰り返す月に誓うなど、信用に値しません」
「頭の固い主だな。照らされ輝いていなくとも、月の形は変わらんだろうに」
「見えないものに信を置けと三日月宗近は仰るのですね」
「お前も、俺と同じだろうに」
寒気がした。言っていることが分かってしまった。
三日月宗近の瞳が妖しく光る。瞳に浮かぶ三日月は冷々としていて、暖かい春の夜であるはずなのに、その月が温度を奪っていく。
なんで、どうして。その言葉しか頭に浮かばない。ひよっこの私では三日月宗近に対抗するなんて出来ない。まだ名を呼ばれていないのに、三日月宗近に支配されているような気分になった。
「美しい名だ。お前が産まれた夜は、それはそれは美しく月が輝いていたのだろう」
なんで 私の名前を 知っている。
「あぁ、違うか。美しい満月が咲いていたのだったな」
耳元で名前を呼ばれる。私が三日月宗近に巻いた脆い鎖は砕け散り、逆に私が見えない鎖に雁字搦めにされて、三日月宗近の手の中に落ちたのが何となく分かった。
相変わらずの鋭い視線と覇気。それと、穏やかに笑っているようで笑っていない表情。きっとこいつは、最初から私を知っていた。
「三日月…宗近……」
「泣くことはないだろう。俺と主。三日月と満月。裏と表のようで良いではないか」
瞼の裏に母が微笑んでいる。祖父が秘密だと言って連れていってくれたのは…。
あぁ、そういうこと。
―――――
審神者の名前は充とか、咲月とか、そんな感じ。
三日月宗近は主人公が家族に名前を呼ばれてるのを、刀時代に聞いたことがあったって話。
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