黒尾と彼女
俺の彼女は変なやつだった。でも可愛くて、気配りが出来て、好奇心旺盛で、笑顔が弾けるような、明るい好かれやすい女だった。小柄な彼女が自分の周りをちょろちょろしてるのは何だか気分が良かったし、下から見上げて首を傾げる仕草は密かにお気に入りだった。
「私が死んだら、クロは泣くでしょ?」
互いの熱を分けあって、気だるげな雰囲気のその時に。あいつは突然言った。
「は?」
俺はもっとムードを気にして物を言えと言いながら彼女を叩く。彼女はむくれてキスをしてきた。まぁ、悪くない。
「で?お姫様は何が言いたいのかな」
「…クロが泣いて、泣いて泣いて。目が、見えなくなっちゃえば良いのになって、思って。クロの見る世界に、私が居ないの、嫌だなって」
「とんだ独占欲だな?」
「うるさい、ばか」
「はいはい、バカな鉄朗くんはそれでもお姫様が大好きですよ」
その時のあいつはなんだか泣きそうだったから、俺はそう言って腕のなかに閉じ込めた。あいつは俺の腕に手を添えて、脚を絡めてすり寄った。
「大丈夫、お前は先に死なせない」なんて、今考えたら無責任にも程がある。でもあいつは笑った。安心したように笑っていた。俺の言葉が少しでもあいつを不安から解き放てていたのなら、良かったかもしれないけれど。
結局あいつは俺より先に死んだ。高校を卒業して、大学生になって、2年目の冬だった。1月には成人式を控えていて、中学の奴らに付き合ってることを知らせたらどうなるか、なんて、二人で話していた。
死因は出血多量によるショック死。通り魔に襲われたのだそうだ。犯人は逮捕され、裁判はまだまだ先。恨みだとか怒りより、彼女を失った虚無感の方が大きかった。
彼女が眠る部屋は、他の部屋より暗い気がした。掛けられた振袖は、成人式に着るはずだったもので、彼女の祖父母が金を出しくれて仕立ててもらったも嬉しそうに話していたのを覚えている。どんだけ、親不孝してんだよ。
「ばかやろう…」
泣いても泣いても視界は曇らない。あいつが言ったみたいに、涙に光を詰め込んで、涙と一緒に流し落とすなんて出来やしない。
新しいものを見たくない。おまえの顔を誰かの顔で上書きしたくない。おまえの居た景色を忘れたくない。
嫌だ、俺をお前の居る世界に連れていってくれ。
怖くて葬式には出れなかった。
あいつの笑顔を忘れないうちに、目を潰してしまおうか。
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