沖田と幼なじみ


 赤が目の前に広がるのは初めてじゃない。それこそ自分の手で赤く染め上げたこともある。僕の進む道は綺麗なものではなかったから。

 鬼とかいうよく分からない奴らが千鶴ちゃんを奪いに来て、小さい頃から一緒にいた僕の可愛い幼馴染みも鬼どもは同胞と呼んだ。
 勿論彼女は理解してなくて戸惑っていたけど、次々に明かされる彼女の生まれに顔色を悪くさせていた。そんなの気に入らないじゃないか。千鶴ちゃんならまだしも、ずっとずっと守ってきた女の子をむざむざ変な男に渡すつもりなんかなかった。だから彼女の手を引いて僕は今まで歩いてきたんだ。なのに。


「なに……して、る…の」


 なんで彼女から刀が出てるのか。なんで彼女の着物が赤く染まっているのか。
 引き抜かれた刀と共に血が吹き出す。鬼の力で治癒されても、切られた場所が悪かったのか彼女は倒れ込んで動かなくなった。


「おい!しっかりしろ!!」


 左之さんが僕の横を走り抜けて彼女を抱き起こす。彼女は目を開けたようだったけど、左之さんの顔は絶望を湛えていた。そして左之さんは僕を見る。


「そぅ、じ…」


 彼女はそう言って左之さんに手を伸ばした。目が、霞んでいるのかもしれない。彼女が死んでしまう。それが分かっているのに駆け寄れなかった。
 近藤さんの為に鍛えた自分なのに、彼女も守ってやるのだと振るってきた刀なのに。それが全部重くて僕の枷になる。捨ててしまえば良いのに、彼女の為なら捨てる覚悟なんてとっくの昔にしてたのに。僕の唯一、僕が僕らしく気を抜いていても受け入れてくれる楽園が、喪われると思った瞬間に。僕は組長としての僕を必要とする新選組を捨てれなくなってしまった。それは全て僕のわがままだ。

 左之さんは彼女を地面に寝かせて槍を構えた。彼女を殺したのは千鶴ちゃんだった。なんで、どうして。あの子は千鶴ちゃんに優しかったのに。
 今まで千鶴ちゃんに優しかった左之さんも、容赦なく千鶴ちゃんを凪ぎ払う。左之さんが千鶴ちゃんに問い質せば、千鶴ちゃんは言った。その内容に肩が跳ねた。


「風間にお前を売ろうとした…?」


 嘘ではない。彼女は最初からそう言っていた。足手まといで、何かの助けになるわけでもない。自分と一緒にどこかへ預けろと言っていた。その意見だけを聞いたのかもしれない。
 左之さんは結局、「くそっ」と言って踵を返した。殺しは、しないみたいだ。そして僕の横を通るときに言った。


「お前になんか譲るんじゃなかった…」


 何も言えなかった。正論だった。
 僕じゃない誰かが彼女の隣に居たならば、もしかしたら殺されなかったかもしれない。


「…沖田さん」


 千鶴ちゃんが僕の名を呼ぶ。僕は近付いて、手を伸ばした。表情が柔らかくなった気がした。手を伸ばす。それの、少しだけ下の部分へ。
 ……僕だって、出来ることなら千鶴ちゃんを殺してあの子を生き返らせたいよ。

 手に込める力は、何があっても緩めなかった。
 握り潰したのは初めてかもしれないな。


「……お墓、僕の縁者ってことにしたら…怒るかな」


 僕は君に相応しくなかったんだろうね。男を見る目が無かったんだよ、君。ほんと、馬鹿みたいだね。
 僕も君も左之さんも、千鶴ちゃんも。皆皆馬鹿みたい。誰も幸せになんてなれやしない。大団円で終われる物語なら、どれ程良かったことだろうか。


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