槙島と一般人


 槙島という男が居た。白い男だ。たまぁに、何を思ったのか、今時珍しいハイパーオーツではないお菓子を持って訪ねてくる。理由はよく分からない。けれど、私と話しながら穏やかな顔をするところは好いていた。
 槙島は、今時これまた珍しい紙の本を読んでいた。私がマニキュアを塗る横で、「揮発臭が酷い」なんて言いながら、ぱらりぱらりと紙を捲っていた。よく分からないが、そんな穏やかな時間も好きだった。
 槙島は、私の庭を好いていた。ホロではなくて、本物の花と木が植わっている自慢の庭だ。たまに槙島も引っ張り出して庭いじりをすることもあった。綺麗な白に土を付けているのは何とも滑稽だったが、そんなところも好きだった。


「人は死んだら、どこに行くと思う?」


 珍しく、槙島は手土産を持ってこなかった。いや、菓子を持ってこなかった。代わりに持ってきたのは重くて分厚い、大量の紙の本だった。
 槙島の問いに「珍しいね」と言おうとして、止めた。槙島はそんなことを言うような人だとは思わなかったけれど、短い付き合いで感じたことを、そう簡単に口には出来なかった。


「誰か死んだの?」

「そうじゃないんだけど」

「……そうだなぁ」


 そういう問いは槙島の方が得意だろうに。私は彼の手土産に感化されて買っていたハイパーオーツでないケーキを出しながら考えた。死んだら、どこへ行くのか。私は槙島の傍に行きたいとふと思った。彼の傍は穏やかで安心できる。


「よく、分かんないけどさ。私は死んだら、槙島のところに行きたいな」


 槙島はゆっくり瞬きをした。


「槙島も死んだら、きっと私のところに来るよ。だって、私と一緒に居るの、好きでしょう?」

「……そうだね」



*** ***


 最近、槙島が来ない。もしかしたら、死んだのかもしれない。何だかんだで律儀だったから、長期間来れないときはいつも言っていた。
 あの、死んだらどこに行くのかという問いは、自分の死を見越して聞いてきたのだろうか。自分の死を知った私が、止めると思ったのだろうか。たぶん、彼の考えは正しいのだが。
 槙島は、あの神に愛されたとでも言える美しい男は、美しく死んだのだろうか。その外見に見合った死に様だっただろうか。

 彼が死んだのなら、私の傍に居るんだろう。

 あの穏やかな表情で、ソファで本でも読んでいるのだろう。
 最後に、滅多に見れないような槙島の笑顔が見れたのは、幸いだった。

 ねぇ、槙島。何であなたは死んでしまったのだろうね。今日も穏やかな私の好きな日常だけれど、槙島が来ないのはやっぱり寂しいよ。
 今日も私は紙の本を読みながら、本物のコーヒーを飲んでいる。何となく、ハイパーオーツのコーヒーを飲みたくなった。


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