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「何なんだよあの女!練習時間減ったじゃねーか」
「お、落ち着けよブン太」
「うるせぇ!俺は早苗に」
「丸井煩い」
昼休憩、ギャンギャンと騒ぐ丸井をジャッカルが宥めていると、ひょこっと麗が顔を出した。そして山田に笑顔を向ける。
「幸村君が呼んでたよ」
「あら、じゃあ行ってくるわね」
駆けていく山田は確かに笑っていた。内容を知っている麗はため息をついて丸井の食べようとしている唐揚げを掻っ攫い、少し離れた場所に座る。
他のマネージャーはあの二人の所為で仕事が増えてしまったから、まだ休憩出来ずにいる。手伝おうかと申し出たものの、部活を辞めた麗はまぁ、当然断られてしまった。
「あ゛!!」
それにまた騒ぎ出す丸井を気にも止めず、近寄ってきた切原に自分の唐揚げをやる。切原はニコニコと笑って隣に座った。
「で?丸井は何でさっき怒ってたの?」
後ろから残りの唐揚げを取ろうとする仁王に唐揚げを与えながら麗は聞いた。丸井は口を開いて、
「練習時間が、減ったから……?」
なんとも頼りなく答えた。
それに切原が、「さっきマネージャーが何とかって言ってなかったッスか?」と聞く。
見ている限り、切原は山田に好感を抱いていないらしい。仁王や幸村でさえも、山田が近寄れば否が応でも彼女に好感を抱き、一瞬の恋をするというのに、切原は上部だけの会話をしていた。
切原に聞かれた丸井はぐぬぬ、と唸って悩み始めた。麗に奪われた唐揚げはもう忘れたらしい。麗は切原の頭を撫でて、1つ好きなおかずをあげた。
「ブンちゃんはまーた山田サンに誑かされたんかー?」
「うるせー、そういう仁王はどうなんだよ」
「俺、好きな人おるき。もう山田サンには誑かされないぜよ」
この場に居ない幸村を除いたレギュラー全員が一瞬動きを止めて、ざわめきだした。丸井は仁王に詰め寄り、他のメンバーは柳に顔を向ける。しかし仁王は口笛を吹くだけで、柳も顔を横に振った。
好きな人が居れば、誑かされない…?
でも仁王は、合宿のときに「傍に居ると、好きにならなきゃって思う」って言ってた。
好きな人が出来たのは合宿の後?
それとも何か別のものが……
「じゃあ!好きな人が出来た時期だけ!!」
「………合宿後じゃよ」
うーん、やっぱり好きな人が原因なのかな…
「マネージャー、俺嫌いッス」
「赤也…?」
「アイツが来てから、丹波先輩は怪我するし、合宿も台無しになるし……佐久間先輩も辞めちまったし。アイツの変な行動とかも忘れちまって。先輩たちも、おかしいッスよ」
「丹波って、誰だ?」という声に、切原は「ほら、やっぱり」と零した。
ダメだ、空気が悪い。切原は先輩たちに不安を抱いているし、仁王はただじっと見守るだけ。他の3年は訳が分からなくて混乱してる。こんなんじゃ、氷帝に負ける。彼らは負けず嫌いだから、例え練習試合でも彼ら自身がそれを許さない。でも、このままだと負ける。集中出来なくて負けてしまう。試合まで手を出さなかったから、ルールは今一分かってないけど、皆のメンタルには気を配ってきたつもりだ。先輩たちを見ながら、勉強だってした。だから、どうすれば良いのかは何となく分かる。それも皆が万全の状態で試合出来れば良いと思ってのこと。でも、今は私はマネージャーじゃない。ここで口を出しても良いのか……。
「何やってるの。空気悪いよ」
「幸村君!」
「お話は終わったのですか?」
その空気は幸村と山田が帰ってくることにより散布した。皆はさっきの話など忘れたように彼女に笑い掛け、彼女を中心に円ができた。それから外れているのは切原と仁王だけ。私のしてきたことは無駄だったのかもしれない。そう思ってしまうほど、彼女は影響力がある。彼女が笑えば彼らは調子が良くなることもざらにある。
変わった、と思う。彼らは仲が良かった。それは確かなことだった。でも、皆で固まってご飯を食べるほどじゃなかった。それぞれが好きな人と、好きな場所で。バラバラのところで食べていたけど、どこか纏まりのある不思議な空間が出来上がっていた。平日もクラスで食べるのがほとんどで、気まぐれに他のクラスに行くくらいだったのに、今では全員集まって食べているという。
「あ、そうだ。麗」
「ん?」
円に加わった幸村がこちらを振り返る。そちらを向くと、幸村の隣の山田と目があった。
「昼の後は猪崎が迎えに来るって」
「え、でも手伝い」
「向こうはマネージャー来たし大丈夫だよ」
「…そう」
ニヤリと笑う山田が見える。でも、その向こうで笑ってる坂口も見える。あぁ、坂口からしたら私はもう用済みな訳ね。私にもあなたは用済みだよ。そういう意味を込めて鼻で笑った。
「あっ、違うよ麗!!役に立たないとかじゃなくて、邪魔とか、そういうのでもなくて!その、もう麗は部員じゃないから。だから」
「仲間じゃないのに迷惑は掛けられないわ」
幸村は何かを勘違いしたのだろう。慌ててフォローを入れた。でもそれは逆効果だ。
あぁ、そうだよね。
このままだと余計に空間が悪くなる。私が立ち上がると、切原が服の裾を掴んだ。切原の呟いた言葉は頼りなくて、蚊の鳴くような声に乗せられたものだったけど、それは私を救った。肯定するように笑って頭を撫でる。去り際に目があった仁王は、口パクしてから笑ってウインクまでしてきた。
「佐久間先輩は、どこにも行かないッスよね」
「お前さんは仲間じゃよ」
自分で手放したそこに、居場所があることに。私は安堵した。
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