その華に映りたかった
その病は前例がなく、たぶん私は死ぬのだと思う。最初は視界に花弁が舞うようになった。その花弁は次第に増えて、今じゃ視界は花で溢れかえっている。そして、その視界は半分しかない。私の左目は、それはそれは美しい青いバラになってしまったのだ。
「ねぇ涼太。もう止めよう?」
「嫌だ」
黄瀬涼太という男は繊細で、傲慢である。モデルという華やかな仕事をして、学校ではバスケ部のレギュラーで、ニコニコと綺麗な容姿で人の視線を集めているが、彼はその視線を疎ましく思っているのだそうだ。
「そんなことしてたのは、全部鈴子に見てほしかったからなのに」とは、私の病気が彼に知れたときの言葉である。
私の右目もそろそろ花になる。左目が花になった経過を知っているから、なんとなくいつ花になるのかは分かる。そんなことを言ったら、彼は大きな眼からぼろぼろと涙を溢して、それ以来ずっと私の視界に居る。
「鈴子ちゃんに見てもらえないなら、死んでやる」
「そんなこと言わないでさぁ…。涼太が嫌じゃないなら、私が死んだあと、この花あげるよ。ブリザードフラワーにしたら良いんじゃない?涼太に似合う綺麗な花でしょ?」
とりあえず、涼太は私の目や視線に執着している。それはもうオカシイくらいに。けれど私は、“私”として見てくれる数少ない人として彼を手放せないでいる。
新たな奇病として、ニュースは私のことをペラペラと語った。学者や医者は寄って集って研究だの何だの。芸術家を名乗る奴は、美しいといって煩いくらいに写真を撮っていった。花に侵される悲劇の少女。彼氏が黄瀬涼太なんだから、そりゃもう悲劇のヒロインは簡単に出来上がる。いつか映画化されそうだ。私を語った女が、涼太と私の日々をなぞるなんて殺してやりたくなるけど。
「俺なんかより、鈴子の方が似合うよ」
そう言って、涼太はバラにキスをした。そういえばあの芸術家は、このシーンが好きだったな。神秘的だとかなんとか。
「涼太、学校行きなよ」
「嫌だ」
「涼太」
「嫌だ。絶対離れない。退院するまで一緒に居て、その後も一緒に居る」
「でもバスケ部、大切なんでしょう?」
「…そんなこと言わないで。鈴子の方が大事なんだ。ここに居させて。鈴子を失いたくない」
涼太はまた泣き出した。泣きたいのはこっちだ。泣いても、もう涙は出ないけど。変わりにバラの花弁がどういうわけか出てきて、バラ臭くて仕方ない。
涼太も、私と同じ病気になっちゃえば良いのに。二人で花に侵されて、同じところに行けたら良いのに。言ってしまえば戻れないから。きっと彼は私を追ってしまうから。だから言わずにいたけれど。
「私だって、ずっと涼太を見てたいよ」
キラキラした涼太も、カッコ悪い涼太も、どんな涼太だって見ていたい。
「ほんと?」
「うん、本当」
「…へへ、うれし」
*** ***
「もー、マジ良かったー!!」
「あの後涼太も華眼病になっちゃうとことか鳥肌立ったわ」
「バッドエンドだったけど、すごい綺麗なお話だったよね」
「ねー。華眼病のメイクとかどうやってたんだろ。本当に花になってるみたいでスゴかったなー」
「ちょっ、いきなりリアルな話しないでよぉー」
ある日の午後、映画を見終えた少女たちは、ケーキを食べながら先ほど見た映画について話し合っていた。どのシーンが好きだとか、エンディングがどうだとか。キャッキャと話す彼女たちは高校生くらいだろうか。
すると一人、ある場所を見て「あ、」と溢した。
「あの人たち、涼太と鈴子にそっくり」
他の少女たちも、視線を追って外を見る。そこには、手を繋いで幸せそうに歩くカップルが居た。
キラキラした金髪の男と、流れるような黒髪の女。男は女の歩幅に合わせてゆっくり歩く。たまに店のウィンドウを二人で覗いてニコニコと話しては、互いの顔を覗き込んだり、腕を引っ張ったりとじゃれ合っていた。そして、少女たちの見てきた映画の広告を見て、きゅうと繋ぐ手に力を込めた。
「いいなー、カップル」
「すごい幸せそうだね」
見られている二人は気付いてない様子で、また歩き始める。
「あ!あの人たち左手の薬指に指輪してたよ!!」
「夫婦かー。若かったけど」
「つかどんだけ目ぇ良いの?」
そして少女たちの話は別の内容に移っていった。
―――――
病気の治った二人なのか、転生した二人なのか。そこは皆さまの思うように。
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