イーリスに愛された瞳



私たちの言葉には色が付いているのだそうだ。私たちはそれを見ることが出来ない。所謂、色盲というやつだから。でも、前は私たちの言葉だけじゃなくて、全ての生き物の言葉に色が付いていたんだって、ばぁやが言ってた。それを、私たちだけが見れたんだって。でも、誰かがそれを言っちゃったの。神様からの贈り物のこの目のことは、誰にも言っちゃダメだったのに。それから私たちの目は、色を写さなくなった。この視界に写っているのが、何色なのかも分からないんだ。



スルスルと水槽に沿って泳ぐ。数年前から、この無いようである板に仕切られた空間が私のテリトリー。でもこの板は透明で、板の向こうからはいつも誰かが私を見てる。
暮らしていた場所から引き離されて、人間に売られてたどり着いた場所。私がやっと得た安息の地。


「〜〜♪」


私が歌ってみせれば、口からぽこぽこ気泡が出てきて、私を見てる人が楽しそうに笑う。
私たちは人魚みたいな下半身を持っていて、鳥のような翼がある。大体が水のなかで暮らしてる。でも、水の中だと目がよく見えない。だから、私を見ている人がどんな人か分からないし、その人がなんて言ってるのかも分からない。でも、たまに水槽の中に手を入れて私を撫でてくれるとき、胸の奥が温かくなる。


「好きだよ」


ある日、その人が私に言った。
初めてその人の顔を見たときだった。


「お前を閉じ込めておいて、こんなこと言っても信じられないだろうね。でも、僕は確かに君を愛してるんだ。種族が違おうが関係ない。子どもが出来なくても君が欲しい。君だけが、僕をこんなに焦がれさせる」


目の奥が熱かった。彼が水槽に手を浸す。そこから温度が広がって、一緒に彼の想いまで水に溶け込んだくるように気がした。私は彼が届かない、私のベッドの上まで逃げて、それを眺めていた。
切なそうに眉をひそめて心のうちを晒して、彼は私に同じ想いを求めているのか、それとも受け入れられることを求めているのか。
私はこの生活に不満はなかった。確かに少し狭いけれど、彼が買ってくる調度品で私の空間(水槽)は度々様相を変えた。だから飽きはなかったし、仲間と離れたけれど彼が毎日話し掛けてきたから寂しくもなかった。


「好きだ…」


ぱたり。水面に波紋が広がった。

そこからは衝動だった。私は彼を水中に引きずり込んで真正面から見つめる。彼は驚いたようだったけど、私を見て嬉しそうに笑った。少しだけ赤くなった目が優しくカーブを描く。
「初めて君にちゃんと触れるね」そう瞳が言っていた。

なんだこれ、なんだこれ。胸の奥がきゅうと締め付けられて、途端にこの男に触れたくなった。でも触れられるのはくすぐったくて。
きっとこれがそうなのだ。男の言う“愛”なのだ。おとぎ話の中でキラキラと輝く感情が、今この胸のなかに芽生えたのだ。

頬に添えられた彼の手に擦り寄る。
そして初めて、私は彼に直接音を届けた。


「私も好きよ。……あなたが好きだよ、けい」


水のなかでは目がよく見えないはずなのに、色盲のはずなのに、彼の金色の髪の毛が眩しく感じる。段々と世界が色付いていく。
彼も何かを言おうとしたけど、人間は水中で息が出来ない。とりあえず水槽から彼を押し上げて、自分も水槽の縁に上体を預けた。灰色だった彼が、色に溢れていく様は言いようもなく美しい。


「そう…嬉しいよ」


彼の顔が近付いて、唇が触れて、離れる。


「ねぇ、もう一度僕の名前を呼んでよ鈴子」


その言葉は、痛いほどの色を私の目に突き刺した。



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