108本の薔薇よりも


「お前、さ」

「うん?」

「理想のプロポーズとか、結婚したらこうしたいとかあるの?」


テレビから彼に顔を向けるが、彼はテレビを見続けている。私もテレビに顔を向け直して考えた。プロポーズ…結婚……。隣に座る、所謂彼氏様とは付き合って3年。知り合って4年だ。大学卒業まで恋愛経験の無かった私は、社会に出て素敵な彼氏をゲットするのだと息巻いていた。それが奇跡的に成功し、黒尾鉄朗くんというイケメン彼氏が今隣に居る。
これは、彼との結婚を考えろということなんだろうか。それなら何度も考えたことがある。この先彼氏が出来るとも思えないから彼を繋ぎ止めておかなければならないと、親にも友人にも言われているし自分でもそう思うから。でも鉄朗が軽い話題のつもりで言ったのなら、詳しい理想図を語るわけにもいかない。


「プロポーズ、ねぇ」


テレビの中では男が女に指輪を渡している。女は涙を流して受け取った。
夜景の見えるレストランで?100本のバラの花束?ありきたりなプロポーズは思い付けども、私はこんなことされても――嬉しいとは思うだろうけど――理想とは言えない。それは確かだった。
私が欲しいのはドラマティックなものじゃない。大切な人と、一緒に温かい食事をとりたい。笑いあいながら明日の話をして眠りにつきたい。たまには二人でお粧ししてデートがしたい。そんな平凡で、でも難しくて幸せな日々が欲しいのだ。幼い頃に結婚式で、ウェディングドレスを見たあの日から、私は大切な人と築く家庭が欲しかった。だから考えるのは結婚式も、プロポーズも吹っ飛ばした先のこと。


「プロポーズって、好きな人が、人生をくれって言ってくれるわけでしょう?理想って言われても思い付かないし、それだけで嬉しいよ」


私の答えに鉄朗は満足しなかったようだ。目線で不満を訴えてきた。ついでにキスも。そんなわけないだろ、って言われてる気になる。


「じゃあ…」


そこまで言って口をつぐむ。考えてみれば、素敵だなと思うようなプロポーズはある。でも、本音は鉄朗が相手ならなんでも良い。
そんなことを考えていたとき、ふと思い出した。前にも映画でヒーローがヒロインにプロポーズをしていたときに、鉄朗は「プロポーズはどんなのが良い?」って聞いてきた。そのときはマジな方で軽い話題としての話だった。鉄朗を見てみると、ニヨニヨと笑っている。こいつ、からかったな。


「んー?どうしたんだよ鈴子ちゃん?」


私の首筋に顔を埋めてモゴモゴと楽しそうに話す鉄朗に肩の力が抜けた。もう良いや。理想なんだから、何でも言ってやれ。


「どっか、思い出の場所に行きたい。私の些細なことを覚えててくれたら嬉しい。サプライズは……あったら良いのかもしれない。でも、二人でいつも通りにご飯を食べて、晩酌をして。少し幸せな気分のときに言ってほしい…かなぁ」

「ほーぉ?前は夜景の綺麗なレストランとか言ってたのにな?」

「非日常に連れていってくれても良いのよ?」

「はは。で、なんて言ってほしいんだ?」

「今日は随分詳しく聞くんだね」

「まぁな。交換条件で俺の理想の家庭を教えてやるからそれでチャラにしろよ」


優しい色の鉄朗の目に、私はもう一度考え込んだ。鉄朗はテレビを消して、音楽を掛けている。それからお酒を持ってきて「鈴子ちゃーん。ちょっと前出て」なんて言いながら私の後ろに入り込んだ。
「ちょっと邪魔なんだけど」「愛しの彼氏様が甘えてんのに酷いなお前」「うるさい」


「んで?結局、理想のプロポーズの言葉は?」

「…何でも良いよ。その人が考えて、私のために言ってくれる言葉なら」

「そんなもん?」

「そんなもん」

「ふーん」


私の話はそこで打ちきりにした。それから私を抱き抱えながらお酒を飲む鉄朗に、理想の家庭を聞いた。二人で笑って二人でふざけて、手を繋いで寝た。



*** ***



それから一月経ったある日、私の誕生日。鉄朗は私を連れてあっちこっちを歩き回った。途中で高校の頃の部室に寄って、数年ぶりにそこで誕生日パーティーをしてもらった。それから雑誌に載ってた、少し高めの個室レストランでご飯を食べて、鉄朗からとっちらかった言葉を聞いた。

「人生かけて幸せにする。」「後悔なんかさせない。」「一緒に家に帰ろう」etc...
いつも食えない奴なんて言われてるくせに、声は震えてるし噛みまくるし目線は不安げに揺れていた。それでも彼の紡ぐ言葉は本心からだと分かったし、それが私の心を揺さぶった。

跪いた鉄朗に近付いて、婚約指輪の入ったリングケースを持つ彼の手を包む。婚約指輪は私が好きだと言ったルビーだった。理由は言わなかったけど、彼らの青春の色だから。


「ねぇ、はめてくれるんでしょう?」


鉄朗は泣きそうな、下手くそな笑顔を浮かべて指輪をはめてくれた。抱き合って、キスをして、二人とも下手くそな笑顔で幸せだと言った。


「教えた理想と違うじゃん」

「何でも良いって言ったろ」


そうだよ、何でも良いよ。だって貴方が私を望んでくれたから。

――――
ルビーの宝石言葉は「愛の炎」
108本の薔薇は「結婚してください」




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