あったかもしれない○○回目



 ルシが、甲乙以外にも表れるとは、誰も思わなかっただろうなと僅かに残る意識の中で思う。前からずっと呼び掛けられていた。しかし私はそれを拒んでいた。何故かクリスタルは私の望む能力を与えるとも言っていた。だが私はそれを必要としなかった。その言葉の通り、能力を授からなくともどうにかできるレベルであったからだ。
 しかし今、その能力を私は望んだ。0組の蒼龍女王暗殺事件(虚偽であるけれど)の責任を取るとして、隊長がとある作戦に参加するとクリスタルが教えてくれたから。

 だから私はクリスタルの呼び掛けに答え、交換条件を提示した。クリスタルはそれを受け入れた。私の大切な人達を、定めから解放してほしい。それがクリスタルよりも上位のファルシに逆らう行為だとしても、私がルシに成ることの方が価値があったようだ。何故だか六億にも及ぶ螺旋の中で知ってしまった私には、不可視界の扉を開ける鍵になりうる可能性があるのかもしれない。


「鈴子…」

「…きっとこれが、貴方たちに、人間としての私から伝える最後の言葉になる。だからよく聞いてほしい」


 突然隊長を含む0組の全員を収集し、私は彼らの前に立っていた。朱に輝く瞳に気付いた彼らは、戸惑いに顔を歪ませる。


「貴方たちの知らないことを、私は知っている。故に私はルシとなった。貴方たちを定めから解放するために。だがそれは私の独り善がりだから貴方たちは気にすることではない。恐らく私が死んだ後、クリスタルは力を失う。その世界は貴方たちが導いて欲しい。それが貴方たちに新たに課せられた使命だ」


 皆の意味が分からないという表情に、私は何も感じることができなかった。あぁ、ルシになったなと感じた、気がした。


「クラサメ士官は次の任務に出る必要はない。私が出る。クラサメ士官は他の候補生にも出る必要はないと伝えるように」





 突如朱雀に表れたルシ・鈴子郷。彼女はルシ・セツナ郷とたった二人で秘匿大元帥を召喚。ルシ・セツナ郷は昇華し、ルシ・鈴子郷は一人帰投した。しかしルシ・鈴子郷は突如として姿を消す。最後に姿を見たクラサメ・スサヤ士官は、ルシ・鈴子の最後の言葉について口を割ることは無かった。
 ルシ・鈴子郷が姿を消した後、各国のクリスタルは力を失った。混乱に陥った世界を導いたのは0組の候補生だった。彼らは自然の力の利用を説き、戦争で疲弊した世界を復興へと導いたのだ。


「結局、彼女は最後になんて言ったんですか?」

「言う必要はない」


 英雄として讃えられた0組は、クラサメに鈴子のことをしつこく聞いていた。死んだ後にクリスタルは力を失うという彼女の言葉から、恐らく昇華したのだと思っている。最後の言葉くらいは聞かせろとクラサメに何度詰め寄るものの、クラサメは微かに優しい目をするだけで何も言わない。結局ピシャリとエースの質問に答え、部屋を出ていった。

 クラサメは自室に戻り、鍵の掛かった引き出しを開けた。そこには1通の手紙と鍵が入っている。クラサメはそれを取り出すと、トンベリを引き連れて姿を消した。



―― この手紙を読んでいる頃には、私の人としての心は消えているのだと思います。私は私のためにルシになりました。ですから、そのことに悔いはありません。クリスタルが私をルシにした理由が、私を利用して目的を達成するためだと知っていても、後悔はしません。ですが、素直にクリスタルの思い通りにするのは気に食わないので、少しばかり手を打っておきます。
 六億もの回数をこなしても成功していないのですから、今回も成功はしないでしょう。その場合、オリエンスは存続しているはずです。私が消えてクリスタルの力が失ってから6年経ったとき、隊長が、もしも私を求めてくださるのなら。同封してある鍵を持って、蒼龍へ行ってください。全てはトンベリに伝えておきます。きっとトンベリが私のところに連れていってくれます。
 私からここで伝えたいことは以上です。クラサメ隊長、きっと生き延びてください。―――



「6年も待たせるとは、意地の悪い生徒だな」

「だって、仕方ないじゃないですか。そのときは、まさかクラサメ隊長が私を好いてくれるなんて思ってなかったんですから」


 蒼龍のどこか。水と緑の美しい、どこか神々しい雰囲気が漂う場所で。後ろから掛けられた優しい声に鈴子は笑いながら答えた。
 空間の中心にある泉の縁に腰掛けていた鈴子は立ち上がって振り返る。目の前にはクラサメが立っていて、鈴子はくすぐったそうに肩をすくめて笑った。一歩近づいたクラサメは腕を広げ、鈴子はそこへ飛び込む。鈴子はクラサメの肩口に顔を埋め、クラサメの服をそっと握った。


「鈴子……愛している」

「嬉しい…」


クラサメは鈴子の髪に口づけながら囁いた。


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