瑠璃と翡翠
言葉にする度に、ポロポロと零れ落ちていくのを感じていた。それでも言葉にしなければ、その思いは誰にも届かず、いつか散布して消えていくことも分かっていた。
けれども、分かっていながら口にしなかったのは、私が臆病だからか、既に隣に彼女が居たからか。
相容れぬと分かっていながらも、私は彼に焦がれていた。それでも、夢にまで見たそこに、私は収まろうとしなかった。足掻かなかった。
「朝敵が、変わりましたね。流石と言いますか、小汚い真似と言いますか……。正しい選択ではあると思いますけど」
「お前は、本当に憎らしいほど頭が回るな」
「…すみません。そういう性分ですので」
風間さまの言葉に頭を下げる。身の振り方を間違えれば、私もそこらの肉塊になってしまうのだろう。
いつか迎えに来た風間さまに向けた瞳は、まだ曇っていないだろうか。彼に褒められたこの瞳の輝きは、まだ失われていないだろうか。いや、このまま道具のように“女”として使われることに、流されて抗わない私の瞳が、澄んでいるなど……そんなはずはない、か。
「薩摩藩も、長州贔屓の公家も、嫌いです」
「お前は新選組をあそこまで追いやった人間が嫌いなだけだろう」
「………違いますよ」
私は、彼を死に追いやる全てが憎いだけです。彼はもう助からないだろう。最期に立ち会えないことが唯一の心残りだ。最期に立ち会うであろう雪村の女鬼が酷く憎い。同じ、女鬼なのに。私はこんなにも汚れている。貴方の傍には居れない。
「もう用はない。行くぞ」
あぁ、さようなら愛しいヒトよ。貴方の翡翠が濁る音が聞こえてくる。私は、貴方の記憶に残っていたのでしょうか。笑いかけてくれたときの記憶は、まだ綺麗なままでしょうか。一時でも、私を想ってくれたことがあったでしょうか。どうか、私を綺麗なままで残しておいて。綺麗で純粋な私は、貴方の記憶に置いていきます。貴方と共に空へ昇りたいと、私から貴方への最後の願いだから。どうか、聞き届けてください。
「さようなら、総司さん」
この言葉が、誰にも届かないことを願っている。
これだけは、私の胸に。零れ落ちるなんて、望んでいない。
ねぇ、総司さん。貴方の瞳に写るために、きっと私は生まれてきたの。
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