白馬の王子になれとあの人は言う



「…はぁ」


寒い。マフラーを首にしっかりと巻きなおし、さっき買ったココアを握りしめる。

なんとなく一人になりたくて。なんとなく一人でボーッとしたかった。なにもしないでいたかった。
もう冬だ。二学期もそろそろ終わる。高校受験で私たち三年生は、周りからのプレッシャーだとか、未知の“受験”というものも戦っている。私は高校からのラブコールがあるが、そこに行くつもりはない。もう少し上の、大阪でもトップ3に入るような高校を目指している。話によれば忍足も白石と私。3人だけが志望しているそうだ。出来れば、3人とも合格して一緒に行きたい。

てくてく歩いて目的の場所へ行く。
そしたら、見つけた。


「……財前、?」


財前。二年生で忍足と白石の部活の後輩。確か今は部長だった気がする。
彼は壁に背中を預けて三角座りし、上を向いていた。声も上げず、表情も変えずに、ただ涙を流していた。

綺麗だ、と。そう思った。


「長谷先輩…?」

「…こんにちは、財前」

「はぁ、こんにちは」


挨拶しつつも涙は止まらない。彼はいつも通り挨拶してきた。なら、私もいつも通りにするしかない。
財前の横にお邪魔してココアを飲んだ。暖かくてポカポカしたけど、どことなく寂しいような気もした。


「受験、どうッスか」

「そうだね、受かるんじゃないかな。根拠は無いけど、そんな気がする」

「先輩たちが志望してる高校は、どこも遠い…」

「…寂しい?」

「まさか…」


財前は鼻で笑って、膝に顔を埋めた。
不器用な後輩だと思う。寂しいならそう言えばいい。遠山君のように泣けばいいのに、彼はそれをしないから。少しでも素直になれば、彼の先輩たちは喜ぶだろう。そのときは冷やかすけど、どうせあとになって私に嬉しそうに報告してくるに決まっている。


「好きな人が3年に居るんスわ」

「うん」

「でも、その人は遠くに行く。俺も頭は悪くないって思っとるけど、その人を追いかけれる自信が無い。繋がりが、見つからない。振り向かせる自信が…」

「…諦めるの?」


突然の話題だった。金色が好きそうな、そんな話。珍しい。話に聞いていた彼はそんなことを言うとは思えなかった。
他の人の恋愛には口を出さない主義だった。相談されても、相談してきた子の意見を引き出して、それを尊重してきた。でも、思わず言葉が出た。

それは、後悔しないの?

いつも言ってきた言葉だった。例えば諦めたとして、後悔しないのかと聞かれればそんなはずない。
追いかけたいとも思う気持ちがあるんだ。年の差も、相手の周りの男にも負けるつもりがないのに。


「例えば…その人に財前が告白して振られたとするね。でも、去年だったら。その人が2年だったら。財前は諦める?」

「…諦めは、悪いんスわ」

「今その人に告白して振られたとして、財前は諦めるの?その人との繋がりは本当にないの?言葉は悪いけど、使えそうな先輩は居ないの?」


財前はじっとこちらを見つめている。
白石と忍足から話は聞いている。きっと財前はこれから辛くなるだろう。主戦力が抜けた部活を引っ張らなければならない。しかも、この四天宝寺という全国区のテニス部を。そんな彼を支えてくれる人が居るならば、それは財前にも、財前たちを残してしまう三年生にも良いことだと思う。

だから


「諦めないで」

「それは、知ってて言うとるんですか…?」


それは掠れた声だった。でも、しっかり届いていたそれに、私は笑顔を返すだけにした。
私は、もう一本持っていた缶を財前に渡した。自販機で偶然当てたそれは、さっきまで持て余していたものだった。


「大丈夫だよ、財前」


きっと君は追い付けるから。

去り際に聞こえた言葉には、聞こえない振りをした。財前の涙は、もう止まっているだろう。
彼が迎えに来てくれる未来を想像する。うん、頑張れそうだ。



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