アタシに懐いているかわいいあの子は、男性恐怖症だという。アタシ以外の男が怖くて怖くて仕方がないんだって、アタシしかいないんだって。
アタシもね、貴女が好きよ。かわいいかわいい、アタシの幼馴染。
「嵐、あらし」
「あら、なァに?」
「あっちにある商品、見に行きたくて、」
休日にふたりでお出かけしていると、彼女は欲しいものを見つけたようで、その場所に行きたいと申し出た。
見に行けばいいじゃない……なんて、野暮なことはもちろん言わないわ。
彼女の御目当ての棚付近――おそらく彼女にでもプレゼントするフレグランスを吟味している男性に悪気はないのでしょうけれど、アタシはアタシの幼馴染が一番大切だから。
「メイ。手を出してちょうだいな」
「うん……」
「大丈夫よォ。アタシがいるから、怖くなんかないわ。さ、二人で行きましょォ」
「うん、ごめん、ごめんね」
ごめんなさい……と何度も謝る彼女は、きっと『自分が嵐の買い物の邪魔をした』と思っている。
ほんっとに、バカよねェ。
素直に手を取り、アタシの手を弱い力で握る。アタシはそれに満足して、ぎゅうっと強い力で彼女の手を握り返した。もちろん、繋ぎ方も正してあげる。恋人繋ぎじゃなきゃ、意味ないでしょ?
アタシと手を繋いで仕舞えば、ここはもう二人の世界だから。彼女はもう他の男性なんて気にならなくなったように安心して、にこにことアタシの隣を歩く。おかしくて声を上げて笑いそうになるけど、やんわり微笑んであげるだけに留める。
「ねェ、メイはどれが欲しいの?」
「わたしは……これかなぁ、可愛い」
試供品から香る匂いに、どこか覚えがあった。……誰かがつけていた香水に、少し匂いが似てるのね。司ちゃんだったかしら?百合のような上品な香り。
でも、そんなの気に食わないじゃない。
アタシはそばにあったピンク色のフレグランスを指差す。キャンディみたいな、甘ったるい匂いがするフレグランス。甘すぎて頭がおかしくなっちゃいそうな、女の子にぴったりのフレグランス。
これ、アタシのお気に入りなの。
「こっちの方が、あんたに似合うと思うわァ」
「え……」
「見た目も可愛いし……何より、メイからこんな香りがしたら、」
――アタシも、好きになっちゃうなァ。
わざと耳元で、ないしょばなしをするように囁いてあげると、彼女はかっと顔を赤くした。おずおずとアタシが勧めたフレグランスを手に取り、「これを買う」と小さくつぶやくのだ。
ああ、ああ!なんて可愛い幼馴染。アタシのことが大好きで、アタシのことを信じきっている。ねェわかってる?アタシだって男なの、アタシが一番あんたのことどうやってめちゃくちゃにしようか考えてる、どうしたら他の男に目移りしないか考えに考えぬいて、あんたをこんなふうに依存させたのよ。
男って嫌な生き物なの、男って最低な生き物なの、男って怖い生き物なの。そう教え込んでもう十何年、彼女はアタシの術中にまんまとハマって、男性に嫌悪感を示すようになった。
もちろん『アタシ』は大丈夫。だってアタシはアタシだもん、メイだってアタシのことを疑ったりはしないわァ。
わざわざ休日に、人の多い時間を狙って、それも女性向けじゃなくて万人向けのお店を選んだアタシを、何にも疑わないこの馬鹿で愛おしい幼馴染。
アタシと一緒なら安全だなんて信じ込んでいて、穏やかに笑う愚かな可愛い幼馴染。
「ふふ……ありがとう、嵐」
「いーえ。さ、デートの続き、楽しみましょう?」
「うん!」
フフ。あんたってばほんとうに、アタシがいないと、駄目なんだから!
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