幼馴染みなんてさ、多分ぜんぜん関係ないんだろうなって思う。
たとえば風真くんと小金井さん。あの二人を見てると、幼馴染みってわりに風真くんの一方通行感あるし、小金井さんは何にもわかってなさそう。
やっぱりさ、幼馴染みって、意味ないんだと思うよ。
だからさ、……。
「それはどうかなぁ」
否定の言葉から入っても全く不愉快じゃない優しい声が、私の言葉を遮る。森林公園の並木道の木々を揺らす風と、彼の声が混じっていた。
ちらりと目を向けると、見慣れたさらさらの金髪、開放感のある胸元、赤いピアスが見える。木漏れ日みたいな色のきみが、にっこり笑った。
「いっくん」
「はいっ!この前奢ってもらったから、今日はオレの奢り!」
「え、ありがと」
「それでね!幼馴染みっていうのは、幼い頃から親しくしてた人のことを言うよね。親しくしているってことは全くの無意味ではないし、幼い頃の記憶って大人になっても結構覚えているものだと思うよ」
つらつらと何かを唱えながら、いっくんは私にジュースを渡してくれる。先週買ってあげたジュースのお返しに、奢ってくれたらしい。私が子供の頃から好きなジュースだった。
私がペットボトルの蓋を開けるのに苦戦するって知ってるから、一度開けて軽く締め直してある。昔っからいつもこうやってくれるのだ。
「小さな頃の体験って、知識と似たようなものだと思うんだ。成長するごとに、昔の記憶は今の自分を構築する要素になる。メイちゃんはそう思わない?」
「……まぁ、そう、なのかな?勉強とかってそうだもんね」
「そうそう!だから、無意味ってことはないよ。きっとね!」
何度も歩いたことのある並木道をあるきながら、私はぼんやり上を見上げる。綺麗な緑と、空の青が、私の呼吸を楽にしてくれる。
そして隣を歩くいっくんは、きょろきょろと辺りを観察していた。これも子供の頃からずっとそう。あ、でも、小さい頃はもっと、虫を見つけたら飛びかかっていくくらいの勢いがあった。大人になったなぁ、いっくん。
「実際に大人になってから、キミと仲良かった記憶が、大人になったオレを構築する要素になっているか……。気になるよね、試してみよっか?」
「うーん、急に大人になるまで飛び跳ねるんじゃなく、大人になるまで地続きのほうがいいなぁ」
「あぁ、それもそうだねっ」
昔の記憶になるんじゃなくて、昔からずっと……という関係の方が好ましい。とくに、いっくんに対しては、そう思う。ずっと仲良くできたらいいのに。
足元に転がっていた落ち葉を見つめながら、思う。私と過ごした時間が、だんだん風化していって、文字通り「いっくんの記憶」になってしまう日が、きっとこの先くるんだろうな。隣を歩くこともなくなるかもしれない。そうなったらせめて、要素になった私は、いっくんの中に『寂しさ』を構築してやりたい。
「ね、ね。メイちゃん」
「なあに、いっくん?」
「少なくともオレは、キミと幼馴染みで良かったなーって思うよ」
私の仄暗い考えを見透かすみたいに、太陽みたいに彼は笑う。ぎゅーっと力を込めて握られた右手が、熱くなる。
今も昔も、彼は優しい。幼馴染みってだけの私に、いつも優しくしてくれる。
「だって、キミのこと、たくさん知れるから!」
笑ったときに細められる瞳も、不意に見せる男の子の顔も、握った手の優しさも、私に向けてくれる微笑みも、この胸の高鳴りも。幼い頃からずっと変わらない、これからも変わってほしくないもの。
ねぇ、いっくん。もっと知っていてよ。私の気持ちも、恋心も。どうか。
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