novel | ナノ


 俺はモデルをやってるし、アイドルだってやってるから、自分の体型には人一倍気を遣ってるつもり。
 もちろん周りもそんな奴ばっかりだし、食べても太らない〜なんて言う奴もいるからアレだけど、とにかく太ってるような奴なんかいない。
 ……それはあくまで、仕事関係の話。


「せっかく帰ってきてんのに会いたくないって何」
『とにかく会えない!しばらく会えないから!できれば三年くらい!!』
「は?……冗談言ってないで、さっさと鍵開けて」
『冗談じゃなくて本気なんだってば!』

 しばらく仕事のために会えずにいて、ひと段落ついたからすっ飛んで帰ってきてやったらこれだ。彼女の家の前で、かれこれ十分ほど彼女と電話している。さっさと部屋に入れてもらったほうがいいんだけど、絶対に会いたくないの一点張り。
 三年も会わないなんて冗談じゃない。海外に常駐してたときだって、頻繁に帰国したって避けられてて会えなくて、全力で距離を置かれて。それだけでもこっちは滅入ってんのに。あんたじゃなくて俺の方が駄目になりそう、とは口に出さず、深い溜め息を吐く。

「ねぇ、三年も会わなかったら俺、たぶんあんたの顔忘れるけど」
『そっちの方が助かるかもしれない』
「はぁ?マジで喧嘩売ってんの?買うけど」
『喧嘩したいわけじゃないんだってばぁ』

 どう聞いても喧嘩したくて言ってるようにしか聞こえないんだけど。
 会いたい、会えないの攻防を続けて更に数分。彼女の家の前に座り込んで、再度息を吐く。理由すら言わずに会えない、会いたくないと吐き出すメイは、俺に会いたくなかったのだろうか。

「……なんで、会いたくないわけ」
『えー……っと』
「俺、なんかした?」

 たとえば連絡しなかったことに対して拗ねてたり。離れていたあいだに、俺じゃない誰かに恋をしていたり。前者なら謝るけど、後者みたいなのじゃもうどうしようもない。
 メイは「うーん」とか「えーっと」とか、言葉になってない声を出して、考えるような素振りを見せる。俺もじっとメイの言葉を待っていると、やがてメイが言葉を発した。

『……言っても、嫌いにならない?』
「ならない」
『ふふ、即答なんだ?』
「当たり前でしょ。今更……どこをどうやって嫌いになれって言うの」

 俺は結構しつこいほうだから、きっとあんたが俺のことを嫌いになったって、俺はあんたを嫌いにはなれないよ。
 一秒ごとに溢れそうになる好意を、素直にすべて伝えたことはないけれど、それだけは言える。頼まれたって嫌いになんてなれない、って。

『実はね』
「うん……」
『泉と会わなくなってから……、その』

 俺と会わなかった数ヶ月のあいだ、彼女が俺の知らない誰かを選んだら。物理的に離れる前から幾度となく想像してきた最悪のシナリオだ。
 誰かに目移りしたなら、もう一度その視線を引き戻してあげる――なんて、アイドルの顔をした俺なら自信満々に言ってのけるだろうか。
 ステージから降りて、レンズの前に立たない今の俺は、きっとそんな風に言えないね。
 メイの言葉を、ひたすら待つ。言いにくそうに言い淀む声に催促することもせず、ただひたすらに息を殺して。何を言われたって、大丈夫なように。

『ふ、太りましてですね……』
「…………は?」

 深刻そうな声でクソ真面目に言ってのけた馬鹿げた台詞が、音を立てて転がる。
 なんて、なんて言ったの、いま。構えていたはずの俺の肩からはどっと力が抜けて、スマホを持つ手にすら力が入らなくなる。スマホを支え直して大きな溜め息を吐いてみせると、電話の向こうのメイが小さな悲鳴をあげた。そんなのお構いなしに話を続けてやる。

「あんたさぁ〜……!」
『ほら!怒ったじゃん!だから言いたくなかったの!』
「いや、怒ったっていうか……は?なに?なんて言った?もう一回言ってみて?」
『だからその……ちょっと体重がね、増えたって言うか。いや、ちょっとじゃないな……わりと……』
「はぁああああ!?」
『ほらぁ!怒ってんじゃん!』
「当たり前でしょぉ!?ああもうっ、チョ〜腹立つ!いいからさっさと扉開けてっ!」

 やだ!と叫ぶ彼女に、やだじゃない!と叫び返してやる。それを何度か続けた末に、彼女は「ほんとに開けなきゃダメ?」と聞いてきたので即座に「開けろ」と答えると、メイは観念したように電話を切った。
 数十秒後、おそらく扉の前で待ち構えていたメイが、扉の鍵を開けた。こんな扉一枚で隔たれていたのが馬鹿らしくて、もう一度溜め息を吐いた。
 溜め息ばかり吐いていたら幸せが逃げていくって誰かに言われたけれど、関係ない。

「えーっと……おかえりなさい」

 俺の最高の幸せは、たった今、俺の目の前にあるんだから。逃してなんかやらない。
 控えめに開いた扉から、少しだけ顔を出した彼女を、扉の向こうに押し込むように勢いよく抱きしめる。抗議の声が聞こえたような気もするけど、それこそ知ったことじゃない。
 背後で扉の閉まる音がする。腕の中で愛しい彼女の騒ぐ声がする。――ああ、もう、やっと会えた。

「ちょっ……!熱烈な再会ですね!?」
「……馬鹿」
「開口一番馬鹿とはなによ!」

 減らず口を叩くメイをもう一度強く抱き締めてやれば、自然と静かになった。くるしいよ、と笑うメイは最後に別れたあの日のまま……と言うにはやっぱり少し丸くなっていたけど、そんなの気にならない。
 うん、まぁ、意識してみると確かに丸くなってるけど。抱き締めると以前にも増して柔らかいけど。あんたじゃなかったら、全力で罵ってやってるところだけど。

「あんたがちょっと太ったくらいで、嫌いになるわけないでしょ」
「……そうなの?」
「そうだよ。ていうか、元々あんたの見た目に惹かれて好きになったわけじゃないし」
「まぁ……見た目は泉の周りの子に勝てる自信ないからね。モデルさんでもないし」

 きっと、見た目なんかじゃなくて、もっと別のところ。どこが好き、なんて具体的に言われても、たぶん即座には答えられないだろうけど。
 他の何にも変えられない、俺の隣に在ることが当たり前じゃなきゃいけない存在。ぼんやりと、でも確かにここにあるのは愛しさだけで。
 俺が愛して止まないひと。

「……ほんとに太ったねぇ」
「い、今までは泉が口うるさく言ってきたから気を遣ってたんだけど……そばにいないから油断したっていうか、ストレスもあるっていうか」
「ストレスってなに」
「そりゃあ……泉に会いたいなーって思っても会えないし、ストレス溜まって手持ち無沙汰でお菓子を……みたいな?」
「俺と会わなくなって暇だからとにかく間食してたってことね」
「その通りでございます」

 そういえばこいつ、SNSでお菓子の感想を延々と語っていた。なるほどねぇ。だいたい予想がつく。
 背中に手を回すと、確かに以前抱きしめた時より肉がある。肩甲骨のあたりが丸いったらない。完全にだらけた生活を送っていたらしい。

「や、やっぱりスタイル悪かったら泉に相応しくないよね?……別れたい?」
「別れる一択なのおかしいでしょ、痩せる努力してよ」
「痩せられる気がしないんだよね」
「甘いんだよ、そういうとこ。まぁ、いいけどさぁ……」

 これから少しダイエット生活かなぁ、と呟けば、腕の中から抗議の声が上がる。うるさい、嫌ならもう少し間食を減らして、適度に運動して。俺がそばにいるんだから、そんなの簡単でしょ。
 それにほら、不摂生で病気になって一緒にいる時間が減るなんてなんてもったいないし。早死になんかされたら、たまったものじゃない。
 だから、そのダイエットは俺のためじゃなくて、あんたのため。

「俺はねぇ、たとえスタイル悪くっても、ダッサいジャージ着てても、あんたのこと……」
「えっ!何!?言って!」
「……やっぱり言わない」
「えー!言ってよぉ!」
「調子に乗るから絶対言ってやらない。あんたが痩せたら考える。はい、ダイエットの計画立てようねぇ?」
「はぁ!?やだ!鬼!」


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