■ 恋をするなら君がいい

「零さんは、不死なの?」

彼女はそう言って柳眉を不機嫌そうに寄せてみせた。突然何かと思ったし、何故彼女が不機嫌そうにしているのかの理由も生憎わからなかったのだけれども、質問自体はこれまでも何回かされたことのあるものだったのでもはやテンプレ文のように返答する。
「そうじゃのう、我輩、吸血鬼じゃし」と言った。自称夜闇の魔物、キャッチコピーは夜闇を統べる魔王である我輩は、UNDEADというユニットのリーダーである。ユニット名より先に衣装の方が決まっていたのだけれども、衣装から連想した名前はなかなかにそれらしいものであると自負している。ただまあ、創作物における吸血鬼は意外と弱点が多いし活動時間にも制限がある。弱点によって本当にすぐ死んでしまうこともある──故あって、吸血鬼が完全に“死なない”のかと言われると首を傾げざるを得ないが。
閑話休題。
吸血鬼だから、と言われた彼女はますます不機嫌そうな顔をする。我輩がなんといって答えを返すかなんてきっとわかりきったことだったろうに。何故なら隠すこともなく何度だって言っているのだ、我輩は吸血鬼である、と。名前は既にある。納得できなかったのか答えが気に入らなかったのか、どちらかはわからないものの、不機嫌な理由は概ねそのどちらかで間違いないだろうと苦笑する。
口数が少ないなんてことはないのだけれども、言葉で判断するより表情で判断した方がよほど正解に近いのだということは知っているから。

「吸血鬼の割に零さんは血が苦手だよね」
「まあ我輩はそういうタイプの吸血鬼じゃし」
「吸血鬼が血を飲めないって本末転倒でしょ、餓死一直線じゃない」
「そこはそれ、トマトジュースと生ハムさえあれば何とかなるぞい」
「……高血圧で死ぬんじゃないの?」
「ナマエちゃんは我輩を死なせたいのかえ?」
「別にそういうんじゃない」

ばつが悪そうに視線を下に向ける彼女。質問の意図は図りかねるものの、ある種当然ながら我輩を死なせたいわけではないらしかった。まあ死んでほしいと思われていてもそれはそれで困ってしまうのだけれども。
心優しい彼女がそんなことを思うはずがない。──というのは少しサブジェクティブな考えだろうか。実際思っていないのだから問題ないとしても。
制服のスカートを所在無さげに弄ってみせる彼女は、さて今どんなことを考えているだろう。質問したことを後悔しているのかもしれない。その可能性を視野に入れておきながら意地の悪いことだけれども、「ところで何故そんなことを?」と、ストレートに問うてみる。彼女は僅かばかり思案したあと、我輩と目を合わせないままぽつりぽつりと話し始めた。

「……永遠ってどんなものかと思って」
「ほう」
「零さんは自分のこと不死とか言うから、どんなものかわかるかと思ったけど。考えてみれば零さんだって19歳なんだし、まだまだ遠い話だよね」

僅かばかりの思案は返答を考えるためのものだったらしい。矛盾の生まれない、本心を隠すための。──つまり今の返答は、本音を織り交ぜた嘘だ。確定するには情報が足りないなんてそんなことはない。先述の通り、彼女の心情を察するには言葉より表情の方がよほど正解に近い。判断基準をそれにするのであれば、十分すぎる情報であった。目は口ほどに物を言うのだ。こと、彼女の目は。
嘘はいけないとばかりにじいっと見詰めていると、彼女は居心地悪そうな顔をした後、観念したかのようにかぶりを振った。その動きに合わせて、指通りの良さそうな髪がさらさらと揺れる。

「零さんは早死にしそうだと思ったの」
「うん?」
「綺麗なものは大体刹那的でしょ?」
「ふむ、だから我輩が早死にしそうだと。ナマエちゃんはなかなか恥ずかしいことを考えるのう」
「うるさい。これだからあんまり言いたくなかったのに……でも零さんは死なないんでしょ」

機嫌を損ねてしまったらしい、彼女は投げやりにそう言った後でどこか拗ねたようにそっぽ向いた。揶揄うように言ったのがいけなかっただろうか。とはいえ、正直な話どう返答したものか困ってしまったのでああ言ったにすぎない。早死にしそうだとか。一体どうしてそんな考えに至ったんだか。

「ナマエちゃんは長生きしそうじゃな」
「綺麗じゃないって言いたいの?」
「そうではなくて。生命力にあふれておるからのう」
「そう?」
「そうとも」
「……零さんが早死にしそうだって思ったのは生気がなく見えたからかもしれない」
「生気」
「活気がない?」
「そんなに元気がなさそうに見えるかえ?」
「う〜ん……?色白で何か気だるげだから……?昼間はとても元気そうには見えないし。朝とかひどい顔色してるし。……見れば見るほど永遠から遠いのに」

今度は不思議そうに小首を傾げた。ころころ変わる表情といい、本当に彼女は生気に満ちているように思えてならない。健康的だし、太陽の下が似合う。我輩に付き合って今は少しばかり薄暗い場所にいるけれど、本来なら陽だまりで太陽に照らされながら感情を発露させているのが彼女には似合っているのだ。
……我輩はそんな彼女を恋人にと望んで、それが結果的に叶っているわけだが。太陽の下でなんて生きていけないというのに、無謀なことだと自分でも思う。

「……ああ、でもあれだね」
「ん?」
「零さんって、恋人とかを看取るのが似合う」
「ナマエちゃんは恋人にそれを言われる我輩の気持ちとか考えたことあるかや?」
「ない。うーん、なんだろう、遺される側が似合う?そういう意味では、不老不死が似合いそうだよね。一途そうだし、死んだ恋人を永遠に想い続ける吸血鬼?すっごいチープな映画にありそう」
「……何か複雑な気分じゃよ……」
「でも吸血鬼は胸に杭を打ち込めば死ぬんだっけ」
「うん、まあ確かにそうなんじゃが……それ大抵の生き物は死ぬぞい」

突拍子のないことばかり楽しそうに話す彼女は、先程までの不機嫌さをどこかにやってしまったらしい。まあ、機嫌を直してくれたのなら有難いけれど。
それにしても、恋人を看取る、か。何ともまあ悲しいイメージがついたものだ。死んだ恋人を永遠に想い続ける、そんなことが自分にできるかどうかはわからないけれど。そもそも恋人──つまり彼女が死んだ後のことなど考えられないし、考えたくもない。
とはいえ。

「我輩はナマエちゃんのことをきっとずっと好きでいられるじゃろうな」
「な、………ん、ですか、急に」
「くく、照れておるのう」

からかってるの、と早口で言う彼女の頬は赤い。意趣返し出来ただろうか。表出してこそいないが、先程から困らされてばかりだったのだ、少しくらい彼女を困らせても──この場合照れさせても、だろうか──問題はないだろう。

「いやなに、たとえば──仮定の話でも少し嫌なんじゃが、そうたとえば、ナマエちゃんが死んでしまったとして」
「う、うん?」
「確かに我輩は、その後もずっとナマエちゃんを愛していられるのだと思う」
「うーん」
「ただ、ナマエちゃんが死んでしまったあとも生きていたいとは思わない」
「……重い」
「えっ」
「私が死んでも生きてよ」
「……約束しかねる」
「別にずっと好きでいてくれなくたっていいし」
「なぜ?」
「だって好きでいてくれたって、死んじゃったらわかんないでしょ」

空から見ているとかそういう発想はないらしい。彼女は死後の世界は存在しないと思っているのか、まあそのあたりはどうでもいい話として。
それにしても、恋人が割とドライで何やら複雑な気持ちだ。本音を明かしたら重いとまで言われたのだ。今現在、我輩はとても悲しい気持ちである。

「意地でも後を追うしかないのう」
「え〜すごい重い……」
「死すら越えて連綿と好きになり続けるから精々覚悟しておくことじゃ」
「んー……いやまあ、嬉しいんだけど、もっと言い方なかったの?」
「……死が二人を分かつとも、愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓います?」
「結婚式なの?」
「結婚はしたいが」
「したいんだ」
「当然じゃ。そうじゃ、いざプロポーズする時には花束をあげよう。何の花が良い?」
「……うーん」

彼女は顎に手を当てて考え込む。やがて思いついたようにポケットからスマートフォンを取り出して何事かを調べ始めた。目的のものに辿り着いたのだろう、指を止めて視線をスマートフォンから我輩の方に移した彼女は静かに口を開いた。

「スターチスがいいな」
「……なるほど。わかった、スターチスじゃな」
「忘れないでね」
「こういうことは忘れんよ」

弾き出された答えに、彼女が何を調べていたのかを知る。まあ調べ始めの時点でその内容はある程度わかっていたのだが、それは彼女には言わないでおく。
スターチス、花言葉には諸説ある上に色によっても異なるが、色が関係しないそれは永遠の愛だとか、その辺りが有名だろうか。故あって、プロポーズにもしばしば用いられる花らしい。花言葉がそれであり、肝心の花自体も可愛らしいのでうってつけではある。
それにしても、花言葉を気にするとは。彼女はドライな割に可愛らしいところもあるものだ。まあそういうところを好きになったのだけれど。
来世というものがあると仮定した場合。生を跨いでもまた恋人になりたいと思ってしまうくらいには、我輩は彼女を愛している。
先程戯れに言ったであろう彼女の問い。永遠がどんなものであるのか、その答え。
我輩だけが、いつだって彼女に教えてあげられる。
死すらも越えて連綿と、ずっと好きになり続ける。冗談めいた口調で言ったけれど、少しだって冗談などではなかった。
それを永遠と呼ばずに何をそれと呼ぶというのか。
だからいつかまた、彼女がそんなことを言い出した日には、きっと十全な答えを彼女にあげられるだろう。
既にその答えは、この手の中にあるのだから。

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