■ posession

――私の愛しい後輩君は、もうすぐきっとこの部屋へとやってくる。さっきまで宗がいた場所にはもうその姿はなくて、私が読書をしている間にどこかへといってしまったのだろう。まあ、どこに行かれようが構わない。みか君と私が二人になれるのならば、それで。
今でもみか君の涙を浮かべた表情を思い出すだけで、心の中には言葉にできないような感情が渦を巻く。どれだけ泣かせても私を嫌いにならないと言ったみか君の表情を、声を思い出すだけで、心が震える。

いつかお互いに身を滅ぼしても知らないぞ、だなんて忠告のように宗は言うけれど私はそうなっても構わないなんて思っているのだ。
みか君にそんな事を言えばなんて返ってくるだろうか。彼はもしかしたら何も言わずに私と一緒にいてくれるかもしれない。今までと変わらないように。

私が望むのは淡い期待で、きっとそんな事はないことくらいはわかっているのだ。みか君には自分の意思がないわけではない。答えを待ち続けているような子でもない。ただ宗や私を信じている、信じて縋らずにはいられないだけ。
いつかの宗の愛しいお人形で居つづけたあの子とは違う。まあ、あのお人形は自分の意志で宗の元から離れていってしまったけれど、私はそうはさせない。たとえ離れられても、私が居なくなる瞬間をあの子に見届けて欲しいのだ。私が終わるその瞬間をあの子のなかに刻み付けたい。

どろどろした汚い欲望が私の中でずっと渦を巻き続けている。
そんな感情を胸に抱いている私は、みか君の目にはどう写っているのだろうか。こんな風に縛り付けて、繋ぎ続けている私を恨んでいるだろうか。どんな感情であれみか君から向けられる感情に私が喜ばないわけがないけれど、少しぐらいは悲しくもなる。

「ナマエちゃん、いるん?」

そんな風に考えていると私を呼びながら部室に入ってくる愛しい後輩くんの姿。
ちゃん付けなんて可愛らしく呼んでもらえるようなタイプではないはずなのにな、と思わないわけではないけれど私が”先輩”と呼ばないでと言った結果でもあるのだからこれ以上名前の呼び方までは強要しようとも思わなかった。

「いるよ」

気が付いた時には部室にあったふかふかの大きめのソファ。私は隣を開けて、ポンポンと軽くたたいて、小さくおいでと言った。
大人しく隣に座ってきたみか君の頭に手を添えて、私の膝へと着地させると僅かにみか君の身体がピクリと震える。安心させるように頭を撫でれば、少し落ち着いたのかホッと息をついて口を開いた。

「ナマエちゃん、なんかあったん?」
不安げな声で可愛らしい事を聞いてくるなあ、なんて思いながらも少し意地悪をしてみる。
「どうして?」

口籠ってどう返していいのか分からなくなって、焦っているだろうその顔を一目見ようにも残念な事にみか君は反対側を向いているし今のこの時間を強引に乱すのも勿体ない。いつもよりもリラックスしているみか君のとの時間は貴重だ。このまま無言で困らせるのも楽しいかもしれないけれど、それはいつでも出来る。

「あ、あのな。ナマエちゃんが何か…」
意を決したのかたどたどしくも私の問いかけに答えようとしているみか君を遮るように私は口を開く。
「優しい?」
それに対して答えられずに黙ってしまったみか君を見て思わず笑みが零れる。
「大丈夫、今日は怒ったりしないから。」
そう安心させるように言えば、竦んでいた肩の力も抜けて私に完全に身体を預けてくれた。持て余した手をみか君のすこしはねた毛に指を絡ませて遊ぶ。

「今日もみか君は綺麗だね。宗も喜ぶよ」
あんな風に接していても、みか君の事を何だかんだ気にかけているのはわかっている。じゃないと一緒の家に住まわせてあげるなんて出来ない。失敗作だ、出来損ないだの言っているのは宗がステージの上で作り上げる世界に完璧を求めているからであって、情がないわけじゃないのだ。

「みか君、大好き。」
いつか宗に取られてしまうんじゃないか、なんて事が頭の中でふと過る。それを紛らわすようにぎゅっと抱きしめれば、応えるように抱擁が返ってくる。
だけれども、私の言葉に返事が返ってくる事はない。今までもずっとそうだった。
私の気持ちを受け入れるだけで、それ以上は何もない。宗となずなと一緒のユニットに入った時にはただの可愛い後輩だったはずなのに、いつのまにか形の崩れてしまった私たちの関係に修復なんて望めない。望みたくもない。

首元に顔を埋めて、みか君の匂いに包まれているとそのまま肌に噛みつくと小さな呻き声が聞こえてきた。噛みついた場所からは僅かに血が滲んでいて、舐めてみればわかっていたけれど口の中に広がったのは鉄の味だった。
「ごめんね」
そう小さな声で謝れば驚いたように口を開いた。
「何で謝るん?」
「何ででもだよ。」
私はただただ謝る事しかできなかった。これでいい、これでいいとずっと思い続けたところで、罪悪感が胸のどこかで蟠り続けているのだ。愛情と呼んでいいのかわからない感情は私の中で日を追うごとに収拾がつかなくなってきている。
これがもし恋だというのなら「恋は盲目だ」なんて言うのだろうか、なんて柄にも無い事を考えてしまうけれどしれくらいに気持ちが高揚してしまっているのが自分でもわかる。最低だな、と自嘲しながら抱きしめている腕の力を強くする。

ぎこちない手が、頭に添えられて優しく撫でられる。
「ナマエちゃんが悲しいとおれも悲しくなるんよ。」
子どもをあやすように優しくなでられていると、私も甘えるように身体を預けてしまう。
「うん…」
ああ、駄目だなあ。
つい口に出てしまったのか、不安そうにどうしたん?と聞いてきたみか君に何でもないよと答えて濁す。こんな風に優しくされてしまったら、みか君に許された気になってしまう。わかっているのに、その優しさにぐだぐだと甘えてしまって何度も何度も同じことを繰り返す。

穏やかな夕暮れの明るさとみか君から伝わる温度に瞼が重くなり、微睡む。ふと意識が覚醒して目を開けてみると私の頭を撫でていたみか君の手はみか君のお腹の上に降りていて、みか君も静かに寝ていたみたいだ。
眠っている姿は、本当に人形になったみたいで触れた頬の柔らかさに安心する。
部屋に飾られたアンティーク調の時計が指す時間を見て、もう少しだけ大丈夫だと判断してみか君が目を覚ますまで私も暫くはそのまま寝顔を見続けている事にする。
「大好き」
「…」
眠っているみか君が答える事はない。窓から入ってきた風に心地よさを感じながら再び目を閉じる。
結局みか君は、宗とマドモアゼルが迎えに来るまで静かに眠り続けた。そこまで気を許されている事に満足を覚えながら、宗について部室から出ようとしているみか君をじっと見る。
私の視線に気が付いたらしいみか君が可愛らしくひらひらと手を振った。
「また明日な、ナマエちゃん」
「またね、みか君。」

そのままマドモアゼルにもさよならと言われて返した後は、私は部室に一人残される。棚の中から、みか君が直したぬいぐるみ達を出して私の隣に並べる。みか君に直されたぬいぐるみ達を抱きしめて、また私はソファに身体を預けた。
部室が閉まる時間にはきっと先生達の誰かが起こしに来てくれるだろう。もう少しだけ、ここで静かに寝ていよう。
さっきも寝ていたはずなのに、ぬいぐるみたちに囲まれてあっさりと眠りについた私はきっと幸せな夢を見ていた。

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