■ 裸足のシンデレラ

たまたま噴水の前を通りかかったら誰も居なかった。

流石に去年の件で深海先輩は懲りたのか、はたまたライブが近いから自粛しているのか、そこはひっそりと静まり返っていた。

そう、だから、ちょっとした好奇心がむくむくと首をもたげてしまっただけなのだ。
冬なら絶対に近寄りもしない。濡れたら寒いし、風邪をひいたら椚先生辺りに体調管理がなってないとお叱りを受けてしまう。
ただこの時は理性が好奇心に勝てなかったのだ。靴と靴下を脱ぎ捨てて縁に腰掛けてそうっと噴水に沈めた素足は、冬の名残りを感じさせる水温ですっかり冷えてしまった。


あ、どうしよう。タオル持ってない。そうぼんやり思案した時だった。

「ちょ、何やってんスか!」

普段気怠そうに弱々しい喋り方をする高峯くんの大きな声に驚いてぐらついた身体が、吸い寄せられるように噴水に落ちていくのを止められなかった。
派手な音を立てて身を割くように冷たく澄んだ水が纏わりついてくるのが怖いと思う暇もなく、大きな手に力づくで元の世界へと引っ張り上げられる。息を吸い込んだら激しく噎せこんで、目に涙の幕が出来た。

「げほっ……高峯くん?」
「すいませんっ、俺が驚かせたから……っ!」
「だ、大丈夫だよ!私がどんくさくて、落ちちゃっただけだし……」


背中に回された手が温かいのか、それとも私が冷えきってしまっているのか。たぶん、両方正解なんだろう。
我慢できずにくしゃみが飛び出して、まだ謝りたりない顔をした高峯くんが押し黙る。

「……はあ。とりあえず、体育館に行きましょうか。今日は練習日だし、ストーブ出してありますから。でも、そのままじゃ乾く前に風邪引いちゃいそうだし……あ、ナマエさん、着替え持ってきてますか?」

今日は、体育もなくて何も持ってきてない。ふるふると首を横に振れば、高峯くんはうんうん唸って真剣に悩んでくれた。

「いいよ、気にしなくて……」
「や、でもナマエさん女の子だし、か弱そうだし、すぐに風邪引いちゃいそうで心配なんスよ……あ、そうだ。俺の体操服で良かったら使ってください。とにかく、早いこと体育館に行きましょう」

高峯くんの体操服って、私にはとても大きいんじゃないだろうか。
凍えてまともに働かなくなってきた頭でそんなことばかり考えていたせいで、肩に高峯くんの大きなブレザーを掛けられて、肩と膝裏に回された腕にぐっと力が入って持ち上げられるまでろくに反応もできなかった。
急に高くなった視界におっかなびっくりして、思わず高峯くんのセーターを掴む。

「あっ、たっ高峯くん!私重いから!服が濡れちゃう!」
「深海先輩と比べるとうんと軽いから気にしないでください。制服は、まあ、部活終わるまでには乾くから」

以前噴水に浸かる深海先輩を見つけた時はあんなに慌てふためいていたのに、学習したのか少しすると私よりも冷静になってその長い足を迷うことなく体育館へと向ける。
高峯くんが歩く度、爪先やスカートの裾から滴り落ちた水滴が道を作る。私を抱える腕や胸元やらがじんわりと湿ってきたのに高峯くんはちっとも気にしない。

「ごめんね……」

調子に乗って濡れ鼠になってしまった過去の自分を恨めしく思ったって、くしゃみは止まらないし服も乾いてくれない。
高峯くんは私をお姫様抱っこしているにも関わらず、確かな足取りで真っ直ぐ体育館に向かう。ちらりと見上げた顔は険しい表情なのに頬がうっすら赤くなっていて、気持ちまで汲み取れない。
視線に気づいた高峯くんが私と目を合わせたかと思うと、ほんの一瞬で逸らされた。

「ナマエさん、小動物みたいで、ふわふわ柔らかくて、俺なんかが強く抱きしめたらぽっきり折れそうで、ほっとけないんです。」

心なしか先ほどよりも赤くなった顔で早口でまくし立てる高峯くんを、つい呆然と凝視してしまう。

あんま見ないでもらえますか。と照れくさそうに言われてぎこちなく下げた顔は、さっきまであんなに冷たかったのにじわじわと熱を持ち始めていた。

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