「楓さんて、インドアに見えて結構アウトドアだよなー」
「うん、買い物とか好きなところが意外」
ソファに寝そべる俺に台所からコーヒーをいれて戻ってきた千秋が向かいに座る。
本当は2週間、家にいる予定だったが大樹さんたちの仕事が急遽入ったらしくあと2日で寮へ戻らなければならない。別にいてもいいんだけど、どうせやることもないし
、あの2人がいないのならあまり意味はない。
そうして貴重な残り2日をどう過ごすのかと話していたはずだったのだけれど、何故か今俺と千秋はお留守番させられている。
「明後日帰るのにさー、何で今日に限って2人で出かけちゃうの?ひどくない?」
「大樹さんの充電が切れたんじゃない?俺たちがいると楓さん1人占めにできないから」
「あー…なるほど納得」
大樹さんの楓さん弱愛っぷりは尋常じゃない。それだけ聞けば、相思相愛の理想の夫婦(?)像ではあるが、見てるこっちはたまったもんじゃないわけで。
「ま、明日は4人で過ごせるだろうし、今日くらいは大樹さんに充電させてあげなきゃ。」
じゃないとあの人暴れだすよ、その言葉に思わず吹き出す。確かに、大樹さんならやりかねない。
普段なら楓さんの嬉しそうに日常のことを話す声や、大樹さんの偉そうな声が絶え間なく響いているこの部屋。だけど今は千秋のコーヒーをすする音と、時計が時を刻む音だけが支配している。静かすぎるこの部屋で俺は相変わらずソファに沈み込んでぼんやりと天井を眺める。昔はよく、このリビングで川の字になって寝たっけ――
今は2人きりのこの部屋。別にいつもと変わらない。昔と何も変わってない。纏う空気も情景も、何も変わらない…はずなのに、どうしてだろう。全てが違うような錯覚に目眩を覚える。何も変わらないでほしい。できるならずっとこのまま、居心地のいい俺を取り巻くこの環境を。
「――千秋は、変わらないよな」
本当に不意をついて出た言葉だった。考えもなしに口をついて出た言葉に、千秋は顔を上げる。
「変わらないものなんてないよ、碧。」
確かめるように、しかし確信したような言い方をした俺に、帰ってきた言葉は残酷だった。変わらないものはない。確かにそうかもしれない。千秋、と縋るように呼んだ声も彼には届いていないようだった。冷め切った目で俺を見る千秋が怖かった。そんな目で、俺を見ないで――
pipipipipipi
聞きなれた着信音に瞼をあげる。反射的に時計を見れば先ほど見たときよりも針は数時間進んでいた。どうやら眠っていたらしい。
どこまでが夢でどこまでが現実だったのか、非常に微妙でそれだけリアルな夢だった。額に浮き出た汗を拭う。部屋に千秋はいなかった。