Side:渡辺
HRをサボっていた俺は、チャイムが鳴り終わる頃合いを見計らって荷物を取りに教室目指してのそのそと歩いていた。別にそのまま帰ってもよかったんだが、今日も部活があるから胴着を取りに行かなきゃならん。そろそろ試合が近いし、サボるわけにはいかない。
ちょうどHRの終了を知らせるチャイムが鳴り響き、自分のクラスのドアに手をかけた時だ。
「…あ」
隣の教室から誰よりも早く出てきた姿に、思わず目を見開く。見つめる俺に気付くこともなく、そのまま廊下を進む碧。あわただしく携帯を見ながら寮へと続く階段に消えていく後姿を見て、どうせまた要らぬお節介を焼きにいくのだろうことはすぐに予想がついた。他人事ながら、思わずため息が零れる。
思い出すのも億劫になる、あの忌々しい体育祭の事件のせいで――いや、その前だ、碧が生徒会に入ってから物事が悪い方へ悪い方へ向かってる。それまで見向きもしなかった奴らが寄って集って碧へ好奇の視線を向け、手を伸ばしてくる。あいつはあいつでされるがまま、完全に流されてる。
今まで順調だったあいつの毎日が非日常へと色を変えつつあるのが不安でしょうがない。
どいつもこいつも都合のいいやつばかり。そう考えると無性にイライラが募って、自分の教室のドアを乱暴に開け放つ。入り口のすぐそばに座っていた生徒が体をビクつかせていて少し申し訳なく思った。
「ん?渡辺か、体調はどうだ?」
「あー、はい。だいぶマシになりました」
「そうか。まあ無理はするなよ」
「はい」
担任教師と簡単に言葉を交わして、若干俯き加減で席まで戻る。不良だ、なんてレッテルを貼られたくないから、サボる時は大抵ありえそうな嘘をつく。こんなんだけど、普段は真面目だし成績も悪くないからちょっとくらいの嘘ならそんな疑われないし問い詰められない。俺、意外と優等生。
クラスのみんなが談笑しながら教室を出ていくのを横目に、俺もとっとと荷物を纏めて教室を出る。
行き交う生徒の間をすり抜けて隣のクラスを覗けば、やはりそこに碧の姿はない。どうせ今日も部活に来ないつもりだろう。あいつ、ほんとサボりすぎだいい加減。
もう一度教室内を見回して、目当ての人物に声をかけた。
「ユキ」
「ん?ああ渡辺じゃん」
小柄な彼に小さく手招きすればくるっと振り返ってそのままちょこちょこっと俺の方へ寄ってくる。小動物みたいで可愛いが、それは禁句だ。
「どしたー?珍しいじゃん渡辺がこっち来るの」
「碧は?」
ケロッと首を傾げた彼に、用件だけの疑問文をぶつける。すると、粗方予想はついていたようで、ユキは困ったように頭に手を当てた。
「あー…ごめん、俺も詳しく聞く前に逃げられちゃって」
「さっき、寮の方へ歩いていくの見たんだけど。」
「あー…」
どうやらユキも薄ら気付いているらしい。途端に顔が曇り、眉間に皺が寄る。
「森広と、内野…だっけ?退学すんだってね」
「…うん。碧ってば、ほんとお人よしすぎ。あんな事されて、ほっときゃいいのに」
「へー、ユキもそう思うんだ」
「当たり前じゃん、俺だったら絶対退学を余儀なくするね」
「相変わらずドS」
腕を組んで堂々とそう言う様は、何だか小動物というより百十の王って感じ。本当に人っていうのは見かけによらない。
腕時計を見れば部活まで少し時間がある。
ムスッとしたまま腕組みするユキに思わず口角が上がる。こんな可愛いのにどうしてあんなに凶暴なんだ。わからん。人類の神秘。
「とりあえず、俺、連れ戻してこようと思うんだけど」
「え?」
「あいつ、最近周りに翻弄されすぎだと思わない?そろそろ大会も近いしさ、部長は何も言わないけど部活来てくんないとまずいんだ。」
驚いたように俺を見るユキから目線を外す。大方、『いつもめんどくさがって何かあっても放っておくくせに』とか思われてんだろうなぁ。まあ自分でもそう思うからいいんだけど。
「…へぇ、渡辺が。そこまでするなんて、何か珍しいよね。」
不思議そうにそう呟くユキに思わず苦笑を溢す。ほらな、ビンゴ。
「で、森広の部屋ってどこだっけ?」
首を傾げる俺に、今度はユキが苦笑を溢す番だった。