とりあえず部屋に尋ねるのは学校が終わってからにすることにして、そのまま登校。体育祭も終わったので今日から通常授業に戻り、放課後は委員会もない。千秋とのいざこざがなくなった今なら、別に代理でもなんでも引き受けるんだけどな。

 1時間目の休み時間。俺の後ろがユキの席なので椅子をそちらに向けて座りながら、本当に何となく疑問に思っていたことが口をついて出た。



「そういえばさ、大輔先輩との大ゲンカはどうなったの?」
「ん?あれ嘘だよ。」
「は?」
「嘘」
「は?」
「だぁから!嘘だってば!」
「ちょっと!何でお前がキレてんだよ!」


 まさかそんな返事が返ってくるとは欠片も思っていなかったので、ビックリしすぎて思わず立ち上がってしまった。おかげで椅子が派手な音を立てたものだから、クラスの視線を集めることになってしまった。最悪だ。
 コホン、と小さく咳払いをして椅子に座り直し、とりあえずユキに喰ってかかる。嘘ってなんだお前、俺があの時どんなけ切羽詰まった状態だったかわかってんのか…っ


「まあ落ち着きなよ」
「落ち着いてられるかっ」
「もうっ、俺たちは千秋君と碧をくっつけよ…むぐっ」
「ユキ、喋りすぎだよ」


 ぎゃーぎゃーと2人で騒いでいれば突然ユキの背後に現れた大輔先輩。びっくりしすぎて開いた口が塞がらない。同じく突然現れた大輔先輩に口を塞がれたユキは、相変わらずもごもごと声にならない言葉を発していた。


「だ、大輔先輩なんでここに…」
「ん?たまたま通りかかったから愛しのユキの顔を見に来ただけ」
「へ、へえ…」


 酷く胡散臭い笑みを浮かべて惚気だした先輩を白い目で見れば、「あ!そうだ!」と今思い出したように声をあげた。これまた何とも白々しい感じだな。
 2年の教室に3年生、しかも風紀副委員長のお出ましとあって若干ざわつき出す廊下。恐らく他のクラスの生徒だろう。うちのクラスの連中は初期の頃にユキと先輩の関係を嫌というほど見せつけられているから、素知らぬ顔だ。
 いろいろと騒動があった後だけに、あまり目立ちたくない。漸くひと段落ついた状況なのに。内心そう思いながら大輔先輩を目で促す。先輩もわかっているのか、軽くため息をついた。


「新聞部が訂正の記事を出したらしいよ。前回みたいに一面を飾ると碧に迷惑がかかるかもしれないからって、少し控えめにだけど。」
「え」


 手渡された記事を読めば確かに、新聞の右下に訂正の記事が載っていた。謝罪文とついでにあの強姦未遂事件も小さく書かれていた。俺の名前や森広・内野くんの名前は伏せてあり、一応公にするのはまずいと判断したのだろうか。
 一通り目を通してから俺は目を伏せた。本当にこの短期間でいろいろありすぎて、もうあんまり記憶にない。悪いことはすぐに忘れてしまうタイプで本当によかったと思う。


「あと、千秋がもう生徒会にはこなくていいって言ってたよ」
「えっ?」
「あ、違うよそういう意味じゃない。」


 大輔先輩の言葉に反射的に出た言葉は自分でも驚くほど情けない声で、それを聞いた先輩が慌てて否定の言葉を口にする。


「ほら、体育祭までの期間生徒会のこと手伝ってもらってたけど、あれのせいで部活行けないって、宮下にぼやいてただろ?俺がユキに会いに行くって言ったら、ついでに伝えといてっていわれてさ。」

 そこまで聞いて「あー、なるほど」と胸を撫で下ろす。どうやら千秋の俺への態度が冷たかった期間が予想以上にトラウマになってしまっているらしい。また嫌われたのかと冷や冷やしてしまったじゃないか。どうしてくれるんだこの症状…
 そんな俺を察したのか大輔先輩が苦笑を溢す。それがまた、無性に恥ずかしい。

 くっそー、それもこれも全部千秋が悪い!次会ったら絶対なんか奢ってもらう。食堂で一番高いの奢ってもらう!

 だいたいそういうことは直接言いに来いよなばーか…


 未だ目の前でイチャつくバカップルを冷たい目で見つめながら、とりあえず次の授業の準備でもしようと机の中に手を突っ込んだ時だった。廊下でざわついていた生徒の何人かが今度は黄色い悲鳴をあげ、次に聞きなれた声。



「大輔、次移動教室だよ。」
「なんだ、来たのかよ」


 反射的に声のする方を振り返れば大輔先輩を迎えに来たらしい千秋が呆れた顔をして後ろの扉に手をかけて立っていた。手には2人分の教科書。それを見た大輔先輩が軽くため息をついてユキから手を離す。そうして「碧に伝えといたぞ〜」とわざと大きな声で千秋に手を振る先輩。ちょ、馬鹿なのっ?!また誤解されんだろっ!
 ドギマギしながらクラスの様子を盗み見るけれど、みんな何故か生暖かい目で俺たちを見ていた。な、なにその目は。


「あんまりにも碧が悲惨な目にあったから同情してんじゃない?」
「どうしようちっとも嬉しくない」


 そんな俺たちのやりとりを見ていた千秋は、はぁ〜とあからさまに溜息をついて、「置いてくよー」と言いながら教室を出ていく。それをぼんやりと眺めていれば、大輔先輩が「やっぱダメか」と苦笑を溢した。そうして俺たちに軽く手を振って千秋の後を追いかけていく。


「なんだったの、今の」
「知らないよ。まっ、俺は大輔に会えただけではっぴ〜」
「あほか」



 その能天気具合を見習いたいよ俺は。そう心の中で呟いたつもりだったのに声に出ていたらしく、しっかり後ろから小突かれた。痛い。

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