朝6時。まだ外は薄暗い中、眠い目を擦りながら俺は台所に立っていた。昨日下準備していたものを冷蔵庫から取り出して、調理台に並べる。とりあえず卵を2つ、器に割ったところでフライパンを火にかける。

 思い返せば、早くもあの体育祭から1週間が経過していた。




01.体育祭後日談



 体育祭が終わった次の日、遠慮の欠片もない早朝の電話で起こされた俺。寝ぼけたまま携帯を耳に当てれば、今となっては聞き慣れた腹黒副会長からで「学校に来る前に生徒会室に来い」とそれだけ言われ返事をするまもなく電話を切られた。ぼんやりした頭で多分昨日のことだろうなぁと思いながらも、もうちょっと電話してくる時間考えろよ、と1人ベットの中でゴチたのはいうまでもない。

 そんなわけで早々に呼び出された俺は憂鬱になりながらも生徒会室を訪れていた。扉を開けば千秋と副会長、そして風紀の大槻先輩が何か話していて、俺が部屋に入れば一気に視線が集中する。何ていうかこう、イケメンばっかりに見つめられると威圧感が半端ないよね、見ないでください。呼ばれた理由は分かっているものの、なんだか居心地が悪くて視線を逸らす。


「昨日は大変だったな。」
「あー…、はい」


 気を使っているのか、幾分穏やかな調子で声をかけてきた大槻先輩に曖昧に返事をする。この人とは関わる機会が全くと言っていいほどなかったので、正直話しにくい。しかも風紀委員ということもあってか見た目が厳つい(あくまで俺の感想だけど)ので、結構苦手。いや、すごい人なんだけど。

 さっと生徒会室を見回してみるが当たり前ながらそこに内野くんや森広の姿はない。やはり罰則を受けたのか、だとしたらいったいどの程度のものなのか…頭を占めるのは最早そればかりで浮かない顔をしている俺を見て、考えていることが伝わったのか大槻先輩は軽くため息をついた。


「お前を襲った生徒は停学処分だ。内野と森広は退学」
「えっ?!」
「そこまでのことをしたんだ、当たり前だろ。」
「そんな…」


 退学という言葉に一気に気持ちが沈み込む。万が一そういうこともありえるかなと頭の隅で思っていたけれど、いざはっきり聞かされるとやはり結構な衝撃がある。だって、退学って…他人のことならば恐らく軽く聞けたんだろうけど、そこそこ関わりあったし、しかも俺が原因…というかなんというか。


「星山君はそんなに退学処分が残念?」
「そりゃあ…、そこそこ仲良かったわけですからね」
「あんなことされても?お人よしだね」
「別にかばってるわけじゃないです、けど。」


 にっこり笑いながら宮下先輩に皮肉っぽくそう言われて、一応否定する。

 前にも言ったけどそりゃ罰則は当然だと思うよ。内野くんは千秋が好きで、森広もあの時『自分のために動く』と言っていた。だからってやっていいことと悪いことがあるのは変わらないけど、もしかしたら俺にはわからん事情があったのかもしれないじゃないか。

「甘いね、そういうのを世間一般ではお人よしっていうんだよ。」


 そこまで言ってのける副会長は至って涼しい顔をしていて、思わず顔を顰める。この人の方が今まで関わってきた時間は長いであろうに、相変わらずほんと容赦ないな。少しくらい寂しいとか思わないのか。今だって、4人だけしかいないこの生徒会室はちょっと広すぎて落ち着かないくらいなのに。


「2人とも、冗談はこの辺にして。本題に入ろうか」


 本題とは一体どういうことなのか。今まで黙っていた千秋に首を傾げれば彼は苦笑を溢して俺に2枚、書類を見せた。そこには退学届の文字。…ん?退学“届”?
 

「勿論彼ら2人には罰則が出た。でも、今までの生活態度や生徒会での活動を考慮した結果、理事長からの処分は1ヶ月の停学に留まったんだ。」
「じゃあ、何でその紙…」
「これはあの2人が自主的に提出した書類。要するに自主退学ってヤツかな」



 自主退学、と聞いて思わず書類を2度見する。確かに署名の欄にはちゃんと2人のサインがしてあって、ご丁寧に印まで押されている。自主退学って…。せっかく処分は停学どまりなのに、自主的に中退?何、あの2人アホなの。


「碧は被害者だから、上からの停学処分の件に関しては不服があれば考慮されるよ。退学処分を望めば恐らくそうなると思うし。まあどっちにしろ本人たちが退学を希望しているわけだから、なんとも言えないけどね。…彼らは彼らで少しは反省してるんじゃないかなぁ、とも思うけど――ちょっとずるいよね」
「…、今はあの2人どこにいるの。」
「――今頃部屋で荷物でも纏めてるんじゃないかな」


 なるほど、じゃあまだこの学校にはいるわけだ。ふーん、へぇ。

「千秋、俺は被害者だから不服があれば考慮されるんだよね?」
「うん、そうだね。」
「…わかった、じゃあちょっと後で不服を申し立ててくる。」
「うん、わかった。」



 どうやら俺の不服は罷り通るらしいので、心置きなく不服を申し立てることに決めた。だって、謝罪の一言もなしで学校やめるだなんて、ありえないじゃん。とりあえずムカつくから文句の1つでも言いに行ってやろう。

 千秋は俺の考えていることがわかっているのか、あっさりOKを出し小さく笑って書類を自分の引き出しに閉まう。意外にもあっさり話が纏まった俺たちを見て、呆れたように宮下先輩と大槻先輩が軽くため息をつく。


「んだよ、結局2人だけで話纏めやがって。俺来た意味なかったんじゃないのか?」
「そんなことないよ、大槻にはまだ渡さなきゃならない資料が山ほどあるからね。」
「はぁ!?なんでそんなに溜まってんだよ!さっさと回せっていつも言ってんだろーが!」

 ドスのきいた声で怒鳴る大槻先輩を笑顔でかわす千秋。その光景をみてまたため息をつく副会長。
 

 何だかそれだけで彼らの仲の良さが垣間見えたような気がして、ちょっとだけ羨ましかった。

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