40.白郡




 なんだこの展開は。今日って体育祭じゃなかったのか?なのにどうしてこんなことに…


 好きだと告げられて、なんと返していいのかわからない。俺だって千秋が好きだ。でも、それは多分、兄としてってことで、だからつまり――・・・

 ああっ!もう!苛々する!いや、はっきりしない自分にだけど!つーかこんな極限な状況じゃ誰でもこうなるよっ。

 悶々とした気持ちを持て余したまま、あからさまに眉を下げる俺に千秋が苦笑を零す。


「ごめん、すごい困らせてるっていうのはわかってるんだけど、そんな碧も可愛いと思っちゃってる自分がいるんだよね…。でもほんと、そんな思いつめなくていいから。別に返事はいらない。」


 千秋から出た言葉に思わず固まる。だ、だだだって、可愛い……?!そんなアホな。冷静にならねばと思えば思うほど、俺は挙動不審になっていく。だって兄貴に告白されてるんですよ?あ、いや、実際は兄じゃないんだけど・・・って益々ややこしいわ!


 とりあえず何か返さなきゃ…そう思って徐に口を開けた時だ。



 ガラッ


「――あらら、もしやお邪魔やった?」
「……先輩?」


 ふいに開いた保健室のドア。2人で勢いよくそちらを見れば、そこには新崎先輩と、何故か新崎先輩に背負われた木崎の姿。いったい何事かと、今だけは千秋と顔を見合わせる。
 そんな俺たちをよそに先輩はスタスタと中に入ってきて椅子に木崎を降ろした。


「まあ冗談は置いといて…。ちょうどええ、星山、ちょっと見たって」
「…うん、どうしたの?」
「――騎馬戦の騎馬から落ちたんや」

「落ちたって…。木崎、大丈夫っ?」


 思わず駆け寄って見れば新崎先輩の背中から降ろされた木崎は痛そうに顔を歪めていた。体操服から覗く至る所に傷があり、どうやら相当派手に落ちたことが見て取れた。特に足首が赤く腫れている。


「…結構ひどいな、保健医は?」
「それが騎馬戦で他にも怪我人が出てな、そっちが終わり次第保健室に来るゆうてたわ。」
「なるほど…、とりあえず消毒しよう」


 先ほど使った消毒液の瓶を手に取って木崎の前にしゃがみ込む。その光景をオロオロしながら見下ろす俺。いや、だって俺のかすり傷どころの話じゃないよ、なんかもう木崎がボロボロすぎてかける言葉が見当たらないんだけど。
 つーか今日体育祭だよね?なんでこの子戦場行った帰りみたいになってんだ。

 そんな俺を見上げた木崎が口を開く。


「…そういや先輩はどうしたんですか」
「え、」
「どっか具合悪いんですか?」
「あ、俺は、えーっと…ちょっと頭痛くて」
「ふーん…、って痛っ!痛い痛いいたたたっ、もういいっす!消毒いいって!」


 平静を装って俺に話しかけてきた彼から、すぐに奇声が上がる。どうやら消毒液が傷に沁みるらしい。そりゃそうだろう、そんなけ傷だらけだもんな。俺だったら絶対嫌だ。逃げる。
 相当痛いのか、バタバタ暴れる木崎をにこやかに抑える新崎先輩と千秋。

 …ちょっと、もういいって言ってんだからやめてやれよ。何この人たち鬼畜。





×




「はい、おしまい。多分折れてないと思うけど、念のために後で病院に行きましょう。」
「…」



 あの後すぐに保健医がやってきて、木崎の傷を見てもらったら、足首以外の怪我は大丈夫そうとのこと。一応先生は体育祭が終わるまで、ここから離れられないらしいので終わってから病院に行くそうだ。

 そんな木崎はといえば、俺が腰かけている目の前のベッドで撃沈していた。


「もうやだ、超痛かった…足首より消毒液塗りたくられた傷口が痛い…」
「かわいそうに…」

 同情の眼差しを向ける俺を、なぜか恨みがましく見てくる木崎。何だその眼は。


「先輩、黙ってみてたでしょ。止めてくださいよ」
「いや止めたらこっちにとばっちり来そうだしさ。」
「この薄情者…」

「そういう君も、無理は禁物よ。殴られたとこ、ちょっと腫れてるし。もしかしたら軽い脳震盪起こしてるかもしれないんだから、今日は1日安静にしてなさい。」


 ついでと言わんばかりに俺に保健医が声をかける。え、あれ?このあとリレーなんだけど、俺って走っちゃダメですか?


「ダメに決まってるでしょ。」
「…」
「先輩かわいそーにー」

 ばっさりそう告げられてがっくりと肩を落とす。地味に楽しみにしてたのに俺。そんな俺をさっきのお返しと言わんばかりに含みある笑みで見る木崎。畜生、なんて可愛くない後輩だ。


「とりあえず、星山君も少し仮眠とっていきなさい。なんなら木崎君と一緒に病院行く?」
「あ、いえ。おとなしく寝てます。」
「先輩、俺と仲良しこよしで病院行きましょうよ。」
「うるさいな、お前より軽傷だよ馬鹿。」


 結局、俺も木崎の隣のベッドに横になることになってしまった。なんてこった。半笑いで俺にそう言う木崎に悪態をつく。なんて可愛くない後輩だ。大事なことなので2回言っとく。


「ほな、俺らはもどろか。星山もまだ仕事あるやろ」
「うん。そうだね。じゃあ後、お願いします」

 俺たちが無言の火花を散らしている間に先輩と千秋が保健室のドアに手をかける。そういえばすっかり彼らの存在を忘れていたけど、俺超修羅場だったんじゃなかったっけ?思わずそちらを見ればひらひらと笑顔で手をふる新崎先輩。

 
「2人とも先生のゆうことちゃんと聞いていい子にしとるんやでー」
「…なんかこう、先輩だけどイラっときます」
「どうしよう、激しく同感したい気分」
「2人ともなんか言うた?」
「「いいえ。」」


 そうして保健室から出ていく先輩。そのあとに続く千秋がふいに俺を見る。絡む視線に、いつの間にか先ほどのような深刻さはなくなっていた。


「碧。また後で、連絡するね。」
「…うん」

 
 出ていく背中が見えなくなるまで俺はぼんやりと見つめていた。
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