38.ヒヤシンス




「なぜ、消火器・・・」

「ドアが開かなかったから」



 いやまあ正論っちゃ正論なんだけど・・・。しれっとしてそう答える渡辺をよそに、無惨にも飛び散った硝子の破片と消火器を見て軽く息を吐く。

 ドアが開かないから窓ガラスを消火器で割った渡辺だったけれど、内鍵がついているわけではないので、その行動に特に意味はなく。残念ながら、窓ガラスと消火器が無駄に犠牲になってしまっただけだった。結局ドアは後から来た副会長と大輔先輩が持ってきた合鍵で開いた。


「強姦未遂、器物破損。上村、理事長室へ連行。」
「りょーかい」


 器物破損は、渡辺じゃないのかな…しょうもないことを考えている間に、男3人組を副会長と大輔先輩があっさり取り押さえる。俺があれだけ苦戦したのに、こうもあっさり連れて行かれると、なんか悔しい。まあ、今とさっきでは状況が全然違うんだけど。
 どうやらみんな、この状況を作り出した黒幕はわかっているようで、特に千秋と副会長は複雑そうな顔をしていた。それもそうだろう、生徒会のメンバー2人も関わっていたんだから。

 とりあえず教室は後日片づけるから保健室へ行って来いと言い残して、副会長たちは行ってしまった。つい先ほどまでかなり切羽詰まった状況化にあったこの教室も、今では残されたのは俺と千秋と渡辺の3人。誰1人喋らないこの状況は、正直かなり気まずい。

 そんな状況で1番最初に動いたのは千秋だった。


「…保健室、行くよ」
「――え?あ、いや、別に怪我してないから大丈夫――」
「いいから。」


 大丈夫、という俺の声を遮って、そのまま腕を引く。意外にも強い力で引かれて、俺はされるがまま、千秋の後を追って教室を出る。しかしそこでまた後ろから腕を引かれて、立ち止まる。

「わ、渡辺…?」


 そこには顔を顰めた渡辺が何も言わずに俺の腕を掴んでいた。いったいどうしたのか、渡辺の顔を見るが彼と視線が絡むことはない。彼の視線の先には、千秋。


「先輩」
「…わかってるよ」


 一言、渡辺が発した言葉に千秋が答える。そうして離される、渡辺の手。

「――渡辺?」

 よくわからない状況に首を傾げながらも、いつもと様子の違う渡辺に今度は俺が顔を顰める。もう一度、名前を呼ぶけれどそれでも渡辺は俺に返事をすることなく、そのまま踵を返す。


「――、碧、行くよ」

 そんな彼を残して千秋が再び俺を促す。でも、渡辺が――


「っ渡辺!」

 渡辺の、後姿が何故が切なくて思わず大きい声で彼を呼んだ。そうして、肩越しに少しだけ振り返った彼とやっと絡んだ視線。
 よく考えれば、グランドを離れる前にも一番心配してくれたのは彼だ。何かあったらすぐ電話しろって、言ってくれたのは渡辺だ。



「――来てくれて、ありがと」
「…うん」


 一番にそう言わなくちゃいけないのは渡辺だ、そう思って口を開いた。そんな俺に少しだけ目を丸くしてから笑った渡辺に、俺もつられて笑う。ああ、やっぱりいつもの渡辺だ。


「さっさと保健室行ってさっさと戻ってこい。お前、昼からリレーだろ。」
「うん、」
「待ってる。」


 今度こそ、踵を返して教室を後にする渡辺を見送って、俺たちは保健室へと歩き出す。あれだけ、絶体絶命で必死だった状況が嘘のように旧校舎は静まり返っている。今この空間には俺と千秋の2人。しかし、今までのぎくしゃくした雰囲気はなく、いつのまにか掴まれた腕は離され、俺たちは自然に手を繋いでいた。

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