絶体絶命ってこういうことを言うんだろうな。




36.シグナルレッド




「うし、んじゃ始めますかー」


 1人がそう言うと残りの2人もニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて相槌を打った。その光景を見て思わず頬が引き攣る。あー俺、今から何されるんだろ。

まさか――リンチ?






…なんて、ね




「おい、カメラどうだ?」
「バッチリだよ〜ん」


 俺だってそこまで鈍くない。下種な笑みを浮かべた3人組と目の前にカメラが登場した時点で、リンチより酷い展開が目に見えて思わず頭を抱えたくなった。これならまだ、ボコボコにされた方が断然いい。



「ほらぁ、俺らだけで話進めちゃってるから怖がってるじゃん」

「あ、ほんとだ。そんな距離とんないでよ傷つくなぁ」

「でもさ、こう追いつめていく感じがすげぇそそる。企画ものっぽいよね」

「ぎゃははっ、お前AV見すぎ!」

「でもほんと絶対ヨくしてやるからさ〜」




 げらげらという笑い声と男たちのふざけた会話を聞きながら、俺は必死に逃げる方法を探していた。教室のドアは前と後ろに2ヶ所。しかし旧校舎の教室にはどちらも内鍵がついておらず、森広が外からカギを閉めてしまった今、開けるのは不可能に近い。

 これでは万が一の緊急時の時に安全上よろしくないということで、今の新校舎があるわけで――


 最悪、窓から飛び降りるという手段もあるが、これは本当に最後の手段だ。2階とはいえさすがに高さもあるし、万が一飛び降りた場合、絶対軽い怪我では済まないだろう。


 そうこうしている間にも、男たちはカメラを構えてこちらに近づいてくる。くそっ、考えろ。考えろ考えろ!どうしたら逃げられる――
 まさに絶体絶命といえる状況で男たちを見ながら後ずさりをした時だ。




「――!?」



 不意にポケットに入っていた携帯が震えた。幸いマナーモードにしていたので、目の前の男たちは気づいていない。
 そうだ、携帯の存在をすっかり忘れていた。ちょうどいい、これで助けを呼べれば!



 こっそりポケットに手を入れて、携帯を弄る。さりげなく覗いた液晶画面には着信を知らせる表示。そうして画面に表示された名前に思わず目を見開いた。


「…ち、あき――」



 そう、あろうことか画面に表示された名前は紛れもなく千秋で。
 あの日、兄弟じゃないと話を聞かされたあの日から、パタリと連絡をよこさなくなった彼が、何で?どうして今このタイミングで――

 半信半疑で携帯に手を当てる。何度画面を見ても震える携帯は間違いなく彼からの着信を告げていた。それだけで、なぜか無性に込み上げるものがあったけれど、今は感傷に浸っている場合ではない。





 俺は、迷わず通話ボタンを押した――






「え〜っと…碧ちゃん、だっけ?君も不運だよねー、会長の義弟ってだけで目つけられちゃってさぁ」

「まあ、恨むなら非情な内野を恨んでよねーってことで!」

「っうわ?!」


ガタン!


 男の喋り声がすぐそこで聞こえたかと思った次の瞬間、急に腕を掴まれて傍にあった机に引き倒された。そうしてようやく我に返る。電話に気を取られて、男たちが傍に来ていたのに気付かなかった。



「うっひゃ〜、間近で見たら結構美人?碧ちゃん、普通に俺の好みなんだけど!」

「っ、離せ!」



 俺の上に覆いかぶさって首筋に顔を埋める男。ぬるっとした感触を感じて全身に鳥肌。舐められたのだと理解してから漸く頭の中で警報が鳴り響く。

 完全に抜かった。全力で抵抗を試みるもうまく抑え込まれてしまって、まともに反撃できない。そうこうしている間に体操服の下から手が入り込んできて、わき腹辺りを撫でられて思わず声が出る。

 うわああああこれはまじでやばい!このままじゃ、確実にヤられる―!!



「やっ」

「――やべー、反応超かわいい。俺もう勃ってきた」

「お前はえーよ(笑)つーかさっさとヤって次代われ」

「わかってるっつーの!おい、しっかり顔も撮っとけよ」




 会話を聞いてハッとする。横を見ればカメラを持った男がニヤニヤしながらこちらを見下ろしていた。




「はっ、いい顔ー。これは高く売れるんじゃね?」

「馬鹿、何の話してんだよ。これは内野に渡すって約束だろーが」

「わかってるけどさぁ。もったいねーよ」



 ふいにごちゃごちゃと何かを話し出した男の手が止まった。


 逃げるなら、今しかない・・・。でも、どうやって――。

 日常ではありえない状況に最早頭の中は真っ白で、まともに物事を考えられない。でも、逃げなきゃ。逃げなきゃ――

 そこで漸く携帯のことを思い出す。そうだ、千秋が切っていなきゃまだ繋がってるはず!



「――なんでもいいじゃん。さっさと始めようぜ。ビデオの話は後だ後。」

「っ!」




 話は纏まったようで止まっていた手が再び動き出す。腹を撫でていた手があろうことか胸の辺りまで上がってきた。

 もう、考えている暇はない。どうか、どうかまだ、彼との通話が繋がっていますように――そう縋るように願って、俺はありったけの声を張り上げた。




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