32.レイヴン



 恐らく、最近使われていないのであろう教室の中は埃っぽく、空気が悪い。おまけに暗い。内野くんに言われるがまま中に入ったけど、正直明かりは教室のドアから差し込む日射しのみ。


 電気とか、つかないのかなぁなんて暢気に思いながら、椅子に座るよう促されたのでそのまま着席。なんて従順なの俺。



「何、話って。」



 俺だってバカじゃない。これでも少しはこの状況を警戒していた。だって、こんな人気のないところで2人きりで話だなんて、正直俺の小さな脳みそでは、リンチか告白かのどっちかしか思い浮かばない。なんて単純な考えなのか。
 まあ後者は、何となく違うような気がするが・・・


 とりあえず話の内容を聞き出そうと口を開く。



「・・・外は、今騎馬戦やってるんですかね。」


 しかし当の本人は俺の問いに答えることなく、廊下の方を眺めながら1人そう呟く。話の意図が読めず顔をしかめれば、不意にこちらを振り返った彼が唐突に切り出した。



「先輩は、会長のこと、どう思ってるんですか?」

「――へ?」



 何の前触れもなく、そう問われ若干声が裏返る。何故このタイミングでそんなこと聞くんだ?

 まさかそれを聞くためにわざわざ旧校舎に来たわけではないだろう。彼の真意がわからず、困惑する俺の心中を知ってか知らずか、内野くんは返答を待たずに言葉を続けた。



「俺、会長のことが好きなんです。」



 予想外の発言に開いた口が塞がらない。真剣な表情でそう言う内野くんから察するに、冗談ではなさそうだが、それを俺に伝えたところでどうなるものでもないだろう。

 一体何がしたいのか、よくわからないまま首を傾げる。






 はっきり言って千秋を好きになる人はたくさんいる。今までだって幾度となく、そんな場面を見かけたことがあるし。

 それは勿論会長だからというのもあるだろうけど、それだけではないオーラが千秋にはあるんだと思う。

 誰かが彼を好きになるのは、よく、わかる。でも、




「・・・それを俺に言ってどうするわけ?」



 思わず、口調がきつくなる。だってほんとにそんなことを俺に言ってどうすんのって話だ。昔は稀に、自分の代わりに兄弟である俺に告白を頼む人もいたけど。

 目の前の彼は、そうではないだろう。そんな俺を気にすることなく至極穏やかな顔で、内野くんは話を続けた。



「新聞の記事、あそこに先輩が会長を好きみたいに書いてあったから、聞いておこうと思いまして。」

「・・・あの記事、信じてるんだ。内野くんも」

「――そりゃあね。だって実際先輩達、兄弟じゃなかったんでしょ?それを知ってた上で利用してたってのも、ありえそうじゃないですか。」



 そう言って笑う内野くんに、俺は軽くため息をついて席を立つ。さすがに気分が悪い。



「言いたいことはそれだけ?なら俺、グランド戻るわ。」



 いくら俺だって、ただ黙って悪口を聞くようなお人好しでもなければ、そんなしょうもないことに付き合っているほど暇でもない。

 そのまま教室の入り口に向かおうとした俺を、すかさず引き止める、内野くん。



「待ってください、先輩。まだ聞いてないですよ、質問の答え。」

「はぁ?」

「――千秋先輩のこと、どう思っているんですか。」



 まるで、答えるまで帰さないとでも言うようにギュッと腕をつかまれて、思わず足を止める。どうって…、


「それを聞いてどうするの」

「返答次第ですかね」

「・・・あのさぁ――」




 振り返れば内野くんが変わらず真剣な表情で俺を見つめている。
 それを見て思わず溜め息。


 どうして皆、俺たちのことをそっとしておいてくれないんだ。

 周りが千秋や俺をどう思っているのかなんて、知らないし、正直知りたくもない。俺が、千秋をどう思ってたって、関係ないじゃないか。



「――好きだよ、千秋のこと。当たり前だろ、だったら何だっていうんだよ。内野くんに、関係ないだろっ・・・これで・・・、満足かよ」



 ムカつく。思わず荒げそうになる声を無理矢理押さえて言葉を返す。なんで、みんな掘り下げようとするの。面白半分にネタにされた記事も、俺からすればそれは一大事な事柄なんだよ。

 千秋が好きな人からすれば、俺という存在は邪魔なんだろう。
 それはわかった。だけど、

 じゃあ、俺の、気持ちは――?

 千秋のことも、自分の本心も、ほんとは俺が一番知りたいのに――

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