31.蘇芳
扉は思ったよりも簡単に開いた。今日はイベント中なので、全教室施錠されているはずなのに…やっぱり中に誰かいるのか?そう思い、恐る恐る中を覗く。
「…真っ暗、だな」
どうやら、カーテンが閉まっているようで中の様子がちゃんと確認できない。
「誰か、いるんですかー…?」
自分でもビックリするくらいの情けない声でそう問いかけてみる。しかし返事はない。先ほどの物音もぴたりと収まり、聞こえるのは体育祭で盛り上がる生徒の歓声のみ。
え、じゃあさっきの物音は?もしかして、おばけ…とか。
「いやいや、まさか…。ははは」
思わず乾いた笑いが出る。ちなみに俺はおばけとか幽霊の類が大の苦手。おばけ屋敷とかホラー映画とか入れないし見れない。そのせいでよく友達に馬鹿にされるんだけど、男だからって怖いもんはコワイんだからしょうがない。
「って、今はそんなことどうでもいいんだって。」
念のためにもう一度教室の中を覗く。何故か机が乱雑に並べられているところ以外は特におかしなところはない…と思う、うん。いや、おかしなところがあったとしても、それを教室の中にまで入ってわざわざ確認する勇気は、残念ながら俺にはない。ごめんなさい。まあ、でも俺が考えていたようなキケンなことは起きていないらしい。とりあえず一安心。
「見回り始めてもう30分、か…」
ふいに腕時計を見て思わずため息。何でなのか、千秋が来ない。
「なんかあったのかな…」
教室から離れて廊下の窓辺に近づく。遠めに映る体育祭の風景をぼんやりと眺める。
正直、今日は千秋と話すいい機会だって思ってた。2人になるし、周りにも誰もいないわけだからゆっくり話せるだろうって。
もしかしたら本当に、千秋は俺のこと嫌いなのかもしれないけれど、はっきり言って、俺は千秋が好きだ。兄弟じゃなくなったからって、このまま、わけもわからず気まずいままで終わらせるつもりは、俺にはないんだ。
ふと、携帯を開いてアドレスから千秋の名前を探す。
「電話、しようかな。」
いつもならば、電話なんて出来ないんだけど、今日はちゃんと生徒会の警備という口実もある。いい、機会だって俺。少し、躊躇ったけれど、自分に言い聞かせ通話ボタンを押そうとした時、だ――
「先輩」
「っ!?」
いきなり名前を呼ばれて思わず持っていた携帯を落としそうになった。誰もいないと思っていただけにかなりビックリした。慌てて振り返ればそこには何故か―。
「う、内野くん…?」
そう、そこには何故か内野くんの姿。バクバクいう胸を押さえつつ思わず首を傾げる。彼は確か救護係に当たっていたはずだ。なのに何故こんなとこに――?
「えっと、内野くんって確か救護係、だったよね?なんで、こんなところに?」
「――救護の方は人が足りてるので、いいんです。」
「いいって・・・」
グランドで何かあったのだろうかとそう尋ねたのだが、彼は至っていつも通りにそう答えた。じゃあ、何故彼がこんなところに?
「今日は先輩と2人きりで、少し、お話しようかなと思いまして。」
俺が聞く前に、彼はそう言って俺の脇を通り過ぎて、あろうことか先ほど物音がした教室内に抵抗なく入っていく。その光景をただただ呆然と見つめる俺をよそに無造作に置かれた机や椅子を適当に移動させて、内野くんは俺を中へ促す。
「――ちょっと、座りませんか。」
先輩、
そう言う彼はいつもと変わらない綺麗な笑顔で俺を見た。
×
side:千秋
「よし、次の競技が終われば昼休憩、時間通りだな。――千秋」
「何」
「今のところオンタイムで進行中。見回りのほうも、特に大きな問題はなし。」
「よし、見回りチームも一旦休憩を挟もうか。連絡回して」
「了解」
体育祭は予定通り進んでいた。次の学年対抗の騎馬戦が終われば、お昼休憩というところ。生徒会・風紀で見回りを行いつつも、俺と風紀委員長の大槻はほとんどメインテントに張り付き状態だった。進行は勿論、何かあれば俺達が対応しなければならない。事前にこうなることを予想して俺と大槻は見回りから外してもらっている。
午前の部も残り1競技になり、だいぶ落ち着いてきた頃、俺に報告をしにきた宮下にも休憩を回すように支持し、ふぅと息を吐く。
「おい、星山。お前もちょっと休憩しろ」
大槻がプログラムやらを確認しながら俺に話しかける。確かに、朝から動きっぱなしでちょっと疲れた。
「悪い。すぐ戻るよ」
「おう」
こちらを見ずに手をひらひらやる大槻に思わず苦笑。彼は昔っからああだ。まあでも彼に任せておけば、問題ないだろう。
生徒たちの白熱した歓声を背後に聞きながら、とりあえず水を飲もうと水のみ場に向かっていた時だ。
「星山先輩―」
「…君は、確か」
「渡辺です、碧の友達の。」
ちょうど前から歩いてきた渡辺君に声をかけられた。碧の友達ってことで、顔は見たことがある。でも今まで挨拶くらいでまともに喋ったことがなかったから、まさか声をかけられるなんて思っておらず正直驚いた。
「何、どうかした?」
俺がそう尋ねれば、彼は訝しげな顔をして俺を見た。
「…先輩、見回りじゃないんですか?旧校舎の」
「旧校舎?」
渡辺君の言葉に今度は俺が、首を傾げる番だった。…何故、彼がそんなことを聞く必要が――?だいたい、旧校舎って…
「あいつ、さっき見回りだって言って、旧校舎行きましたよ。」
「――碧、が?」
「、それも先輩と一緒だって…」
「っ!?」
そう聞いた瞬間、全身に警報が鳴り響くような錯覚に陥った。碧が、旧校舎に見回り?一瞬足元が竦む感覚に襲われたけれど、次の瞬間に俺は走り出していた。後ろから渡辺君の呼ぶ声がしたけれど、振り返ってる暇もない。
さっきも言った通り、俺と大槻は見回りに含まれていない。そして、さらに問題なのは――今回、見回りに旧校舎は含まれていないこと。
「っくそ!」
抜かった、俺は本当に大馬鹿者だ。こんなにわかりやすいものを見落とすなんて。
「間に合えよっ」
ほとんど縋る様な思いで、そう吐き捨てて俺は旧校舎を目指した。