28.ミントグリーン




「では、まず理事長の挨拶から――」



 開会の挨拶がスピーカーから響き、辺りが一層騒がしくなる。


 昨日の夜はまたしても新崎先輩の部屋に上がりこんで、4人で木崎の新歓パーティーをした。渡辺も呼んだのに、眠いとかいって来なかった。ノリが悪い。


 そんなわけで再び寝不足の頭を抱えて列に並ぶ。6月というのにこのジメジメした暑さは、なかなかきついなー…なんて、まだ開会式の最中に思ってしまっている俺って相当やばいんじゃないのかな。


 そもそも開会式が無駄に長い。

 理事長の話、校長の話、教頭の話、来賓の挨拶、体育指導の教師の注意事項、優勝旗返還、生徒代表宣誓、生徒会長の挨拶…


 長いって!さすがに萎えるって!しかも生徒会長挨拶の時の黄色い声…。勘弁してくれ。寝不足の頭に響いてしょうがない。

 というか何か、若干ムカツク――




「――黙って話くらい聞けないのか」


 いっそのこと、耳を塞いでやろうかなと考えていた時、辺りにドスの効いた声が響いた。見れば、生徒会長として挨拶をしていた千秋の横に立つ人物が1人。恐らく千秋のマイクを横から奪い取ったのであろう彼は、“睨む”のとはまた違った、けれど威圧感のある目で生徒を見渡していた。


「もう高校生だろ?数十分くらい黙って人の話も聞けないのか、情けない。」


 そう言い放った瞬間、さっきまでの黄色い声など嘘の様に収まり辺りはシーンと静まり返っていた。その様子を数秒間眺めた後、彼は今までの表情など嘘のように、ニカッと笑った。


「うん、よろしい。じゃ、まあ長い話はこの辺でオシマイにして、そろそろ始めますか!」


 そう明るく言い放ったと思えば「挨拶よろしく」と千秋にマイクを渡してさっさと去ってしまった。


「さすが、風紀委員長だな。」


 周りの誰かがそう呟いたのが聞こえた。そう、まさに今の彼が風紀委員長の大槻先輩だ。彼もまた、なかなかの武勇伝の持ち主だったりする。まだ始まってもいないのに、注意されてみんながみんな若干放心状態の中、千秋は少しだけ苦笑をこぼして、またマイクを握りなおした。


「では、ただいまより体育祭を開催致します!」


 その声で、体育祭がいよいよ幕を開けた。




×




「碧」


 自分のクラスのテントで競技を観戦中、声をかけられて振り返る。そこにはすでに汗だくになった渡辺が、気だるそうに立っていた。


「渡辺、どしたの。」

「暑い、もうムリ、飲み物ちょうだい。」

「…はいはい」


 持っていた自分のペットボトルを彼に渡す。それを遠慮もなく一気飲みする渡辺に思わずため息が漏れる。


「お前、自分で飲み物くらい持って来いよ。」

「ん、後で奢る」

「…別にいいけどさ」


 そう言いながら、手元のプログラムに目を落とす。体育祭は午前、午後の部で分かれており、俺の出場するリレーは午後の部。渡辺は障害物競走で、たった今終わったところだ。俺も勿論観戦してたんだけど、袋に足を突っ込んで飛ぶ渡辺とか、網に絡まる渡辺とか、障害物もないところでこける渡辺とか、正直すげえ面白かった。

 そんな渡辺は結局ビリだった。


「お前、運動神経いいんじゃなかったっけ?」

「俺、ああいう障害物あるやつ向いてない。」


 心底項垂れる渡辺に、笑いがこぼれる。そんな俺を、ムッとした顔で見ながら思い出したように彼が口を開いた。


「そういや、警備は?まだ行かなくていいの?」

「ああ、うん。もうそろそろかな。」


 腕時計を見ればもうすぐ11時。

 結局生徒会で割り振られた警備は、1日中ずっとというわけではなく、時間帯で交代するような仕組みになっているらしい。さすがに警備を一日中やってたんじゃ、体育祭を楽しめないしな。

 というわけで俺は午前と午後を跨ぐような感じで警備をすることになっている。若干早い気もするけど、そろそろ持ち場に向かおうかな。そう思って立ち上がれば、感じた視線に再び渡辺を振り返った。


「何?」

「そういやどこの警備?」

「ん、俺?旧校舎だけど。」

「…旧校舎?1人か?」

「いや、千秋と一緒」

「…ふーん」


 そういうと、渡辺は些か不機嫌そうに目を反らした。何その反応。


「お前携帯とかちゃんと持ってる?」

「は?持ってるよ」

「…ん、じゃあいい。何かあったらすぐ連絡しろ。」




 意図がわからないその質問に若干首を傾げるが、それっきり渡辺は何も言わなくなったので、そのまま旧校舎に向かうことにした。





 今思えば、この時に気付くべきだったのかもしれない。周囲の、すごく僅かな異変に。

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テーマ「人外ファンタジー」
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