19.バフ
渡辺は黙って話を聞いてくれた。と、言っても俺は涙混じりの声でまともに喋れていなかったけど。
「とりあえず、今日はもう帰れ。先輩には俺から言っとくから」
「ん、ごめん」
情けない。
本当、何やってんだろう俺。
覚束無い足取りで部屋まで帰る。部屋を開ければ中はまだ暗くてユキは返ってきていないようだった。そのまま自室に入ってベッドにダイブ。
静かな室内で思い浮かぶのは千秋の顔だけ。ダメだ、思い出しちゃまた悲しくなるだけ。それでも目を瞑れば嫌でも思い浮かぶさっきの情景。
…あー何か、考えすぎて気持ち悪くなってきた。
許容範囲を超えた俺の思考回路は、都合よくシャットダウンすることを選んだ。薄れゆく意識の中、そういや鞄を持って帰ってくるの忘れたななんてぼんやり考えていた。
×
次の日。
起きてふと携帯を見たらなんとまあ10時。アラームかけなかったせいで完全に寝坊だ。
「うわあ…最悪だ」
ベットに身体を起こして頭を抱える。いや、今更遅刻したって別にいいんだけどさ、ほとんどというか正直遅刻なんてしたことなかったから地味にショック。
しかも昨日ほんとにあのまま寝ちゃったから制服くちゃくちゃだし、どうしよう今日サボっちゃおうかな。
そもそもなんでユキは起こしてくんなかったんだ。
とりあえずシャツを脱いでTシャツに着替え、リビングに続く扉を開ける。
当たり前だがそこにユキの姿はなく、テーブルの上には俺の分であろう朝ごはんがラップされて置いてあった。ちょっとだけユキの愛を感じて頬が緩む。アイツ超いいヤツだな。
何か、今日はもういいや。気が向いたら昼から学校いこう。そう決めて、テーブルに着く。用意された食事に手を伸ばした時、傍らにメモがあるのを発見。
そこにはユキの字ででかでかと
“俺はちゃんと声かけたからね!起きなかったのは碧!”
と書かれてあった。
「律儀だなぁ」
わざわざそんな言い訳をメモに書かんでも。意外に几帳面なユキに小さく笑って俺は焼き魚に箸を伸ばした。
結局サボることに決めた俺は、ソファに寝そべってまたDVD鑑賞。ほんとだらけきってんな。
最近ずっと顔出せてなかったし部活くらいは行こうかなぁ。
pipipipi
見ていた映画がちょうどクライマックスを迎えた頃、めったに鳴らない携帯が着信を知らせる。どうせメールだろうと、再びテレビに視線を移したのだが、一向に鳴りやむ気配なし。
しょうがなく携帯に手を伸ばせば知らない番号が画面に表示されていた。
え、誰?
そのまましばらく切れるのを待っていたのだが、切れることなくずっと鳴りっぱなしなので根負けした俺は諦めて通話ボタンを押す。
「もしもし?」
『遅い。3コール以内に出ろよ星山くん』
「な、――副会長?」
『はい正解。学校サボって何やってるのかな君は』
何で番号知ってんだよ。電話の向こうからでも感じる黒いオーラに電話に出たことを激しく後悔した。
うん、この番号着信拒否決定。