16.サンフラワー
「俺、帰ります。」
そう一言残して生徒会室を後にした。後ろで副会長の声が聞こえた気がしたけれど、振り返る気にはさらさらなれなかった。
部屋へ戻る道を歩いている間、頭を占めるのは苛立ち。
どうしてここまで苛々するのか自分でもよくわからない。
ただ千秋がこちらを見ない。
一線を敷かれているような現状が嫌でたまらなかった。
「・・・あれ?」
本当に何も考えずに歩いていたらしい。気付けば何故か道場の前。
今日は真っ直ぐ部屋に帰るつもりだったが、ちょうどいい。少しだけ練習して帰ろうか。腕時計を見ればすでに18時を回っていて窓から見えるグラウンドにもチラホラと部活の後片付けをしている生徒がいるくらいだ。
さすがに誰もいないだろうと、更衣室に荷物を置いて道場の扉を開けば隙間から漏れ出す光。
まだ、誰かいたんだ。
「―あ、」
静かに開けば、弓を構える新崎先輩の姿。
よほど集中しているようで、俺が入ってきたことに気付いていないらしい。
そのまま先輩は真剣に的を狙って、放つ。
矢は中心からわずか数ミリ反れたところに突き刺さった。
「すごい、」
思わず、といった感じで言葉が口をついて出る。
そこでようやく俺に気付いたようで先輩はこちらを振り返って、いつものようにニッと笑った。
「こんなんじゃまだまだあかん。もっと詰めていかんと」
「そうでしょうか、俺は十分すごいと思います」
「そんな褒めたって何もでえへんよ。」
そう言って先輩は今日はもう終わろうかなぁ、と矢を回収し始める。
練習しようと思ってきたがそういえば自分が一切胴着も持っていないことを思い出した。
ほんと、ぼんやりしすぎだな。
「碧ちゃんは今から練習か?感心やなぁ」
「…いえ、何か今のすごいの見せられたらちょっとやる気を削がれました」
「何やそれ」
俺の意味不明ないい訳を聞いて、クックッと笑った先輩は弓矢を持ってこちらに歩いてくる。額に汗が滲んでいるのを見れば、相当練習していたのだろう。
いつもはよくふざけてからかってくるけど、こういうところで本当にこの人は真面目だと思う。尊敬するなぁ。
ぼんやり先輩を眺めていれば、先輩は少しキョトンとして俺を見てから、またニィっと笑った。
「碧、もうご飯食べたんか?」
「あ、いえ。まだです」
「よし、ほんならご飯食べにいこ」
「え、何で」
「何でって、なんとなく?お腹減ったし」
そう言って俺の横を通り更衣室に向かう先輩の後を着いていく。
前はよく部活帰りに渡辺と3人でご飯食べたりしてたけど、最近そんなことなかったから何だか久しぶりだ。
しかも今回は2人だし・・・
「・・・奢ってくれるんですか?」
「しゃーないから奢ったる。」
その言葉にまた目を見開く。
冗談半分で言っただけなのに、珍しい。
「何かいいことあったんですか?」
「ん?別に〜」
着替えるからその辺で待っといて。そう言って更衣室に入っていった先輩を見送る。まあ奢ってくれるならいいか。
とりあえず今日はユキがご飯当番だから、ご飯いらないってメールしておこう。