あと、少し。
ほんの数センチで唇が掠めるか掠めないかのところまで迫る先輩。最早打つ手も無く、来る衝撃に目をギュッと瞑った―
ガラッ
それと同時に勢いよく扉の開く音。思わず俺も先輩も扉の方を振り返る。
「あっれ、柚先輩お楽しみ中?」
そこには先ほど会議に参加していた会計の姿。
色素の抜けた髪は少しウェーブがかかっており、いかにもチャラく見えるが、制服をきっちり着こなしているあたりやはりその辺のやんちゃな人とは少し違うオーラを放っている。
まあ言うまでもなく、イケメンである。
「…なんだ森広か。」
宮下先輩に森広、と呼ばれた彼は俺と先輩とを交互に見て、最初にそう言ったっきり、特に興味なしとでも言うように教室内を見回した。
「いやしっかし、あいわらず埃っぽいなーこの部屋」
そうして室内に入ってきた会計は、奥の窓を開け放した。外からはグラウンドで部活に励む生徒の声が聞こえてくる。
「まあ、今はまともに使ってないからな。」
宮下先輩も同様に至って冷静に会計に声をかけ、俺から離れた。
そこでようやくハッと我に返る。
お、俺さっきまで何されかけてたんだろ…
あれか?所謂き、き、キス?
「う、」
「「う?」」
「うわぁあぁああ!」
「ちょっ、うるせーな!何だよ!?」
思わず頭を抱えて叫んだ俺に負けず劣らずな声で叫んだ会計を副会長が睨む。
「お前もうるさい。で、こんなとこまで何しに?」
「あ、そうだった。」
そうして普通に会話を始める生徒会の2人。
え?あれ?何でそんな冷静なんですかあなた方。俺明らか今襲われる寸前だったよね?あれ、違うの?
そんな俺には目もくれず2人は真剣に何かを話し合っている。恐らく生徒会の仕事のことだろう。
いや、そりゃ仕事大事だと思うんだけどさ。とりあえず俺を解放してくれませんか?
まさに放置プレイとはこのこと。壁際で項垂れているとようやく話に区切りがついたのか、会計が思い出したとでも言わんばかりに俺を見て、あ!っと声を出した。
「そうだ、早く戻ってこいって言われてんだった・・・。星山先輩がさ、副会長戻ってくんの遅いから様子見てこいって。」
「・・・なるほどね」
会計の言った言葉に、信用されてないな、と苦笑を溢した副会長。恐らく、星山というのは千秋のことで間違いないだろう。
まあそれもそうだ。
きっと今日の会議での資料を纏めたり、これからの行事に向け仕事は山ほどあるんだろう。
副会長がこんなところで油を売っていていい訳がない。
毎年この時期になると、千秋忙しそうだったもんな。アイツ仕事しだすと没頭するからなぁ、体壊したりしないかちょっと心配・・・
「星山くん」
「え、あ、はい。」
今は兄弟ではない元兄に思いを馳せていれば、ふいに副会長に話しかけられ思わずどもる。
つーか、アンタさっきまで下の名前で呼んでたくせに、今さら優等生気取られても意味ないんですけど!
白々しいんだよ。
思っていることが顔に出たのだろうか、副会長は天使のように柔らかい微笑みをさらに深めて俺にこう告げた。
「君にはこれから行事期間の間、生徒会を手伝ってもらう。とりあえず今日はここにある資料運び、よろしくね。」
「はい?」
仰っている意味がよくわかりません先輩。