11.マロウ
「大輔先輩!」
「ん?―…ああ、碧か」
会議室から出て行った大輔先輩の後をすぐに追っかけて声をかける。振り返った先輩は少し驚いたような顔をした後、気不味そうに俺の名を呼んだ。
何だ、代理で来てる俺にちょっとくらいは悪いと思ってるんだろうかこの人。基本大輔先輩は話のわかる人だし、多分きちんと説得すればわかってくれるはず―
しかし、こちらが何か言う前に先輩は徐に口を開けた。
「ごめん、俺これから会議の資料纏めなきゃいけなくて忙しいんだ。」
少し困ったようにやんわり断られて思わず言葉を飲み込む。いつもなら何でも快く話を聞いてくれるのに、今日に限って何なんだよ。
今すぐにでもこの場を離れたいようなオーラを出している先輩をすかさず引き止める。
俺だってここで引くわけにはいかないんだ。
飲み込んだ言葉をすぐさま吐き出す。
「いえ、すぐ終わりますから。」
いつもの俺なら多分引き下がっているだろうけど、今日の俺はちょっと違う。何といっても面倒くさい役員の仕事がかかっているのだ。それにユキのことも。
そう易々と「はいそうですか」なんて言えるか!とにかく仲直りは無理でもユキとなんで喧嘩したのか原因くらいは知りたいじゃないか。
大輔先輩、ごめん。今日の俺はちょっとしつこいよ。
「じゃあ単刀直入に聞きます。ユキと喧嘩したって聞いたんですけど原因は―」
「星山くん。」
原因は何なんですか、と。
そう聞きたかったのに俺と大輔先輩の間に予想外の邪魔者が入り思わず目を見開く。
さらさらの黒髪に黒縁メガネ。いつだってニッコリ笑顔を絶やさず、いかにも優等生です、と言わんばかりにきっちり着こなされた制服。目の前に立ちはだかったのは、副会長、宮下先輩だった。
「少し君に頼みたいことがあるんだけれど、いいかな。」
何でこのタイミングだよ。
この状況見れば俺と大輔先輩が話してるんだから後にするだろう普通!空気よめよ!
先輩にこの言い草はないだろうと思われるかもしれないが、俺はこの人が苦手なのだ。
しかも最後の、いいかな。が疑問系ではなく決定事項な感じの言い方。選択肢があるように見えて、1つもない。
でもダメだ、ここで引くわけには―
「あー、えっと。すぐ終わるのでちょっと待ってもらっても―」
「ごめん、急ぎの用事なんだ。」
「…ほんと一瞬で終わりますんで―」
「一瞬でも時間って無駄にしちゃいけないと思わない?」
え、なにこれ何のいじめ?
有無を言わさぬ笑顔の圧力のせいで、俺もうすぐ潰れそうなんだけど。
「…というかそもそも俺じゃなくてもいいんじゃ」
「生憎他の生徒は皆忙しいみたいで、君にしか頼めないんだよ。」
いやいやいや副会長!俺にもいろいろとしなくてはならないことがあるんですが!
とは言えず…
つーか、他の生徒は皆忙しいって何だよ、会議終わってからも皆楽しそうに談笑してたじゃないかよ!
思わずそう言いかけてハッと教室の方を振り返れば、何故かそこには人っ子一人いない。えええええええ、
「新○劇かよっ!」
「何言ってるのかな星山くんは。」
すかさずツッコミを入れた俺にさらにツッコミを返してくる副会長。
えー、なにこれ。完全に俺逃げらんねえの?
こんなことなら渡辺と一緒に大人しく部活いっとけばよかった…。
最近やることやること全て裏目に出るんだよね。そういや今年厄年だっけ?
お祓い行こうかな
「いやぁ、ありがとう星山くん。君なら引き受けてくれると思ったよ。じゃ、行こうか」
「ちょっと待てどうしてそうなった!」
1人項垂れている間に、話がぶっ飛びすぎて思わず敬語を使うのを忘れてしまった。
何この人、さすがに一方的過ぎない?一般生徒の間じゃ学園一優しいとか紳士だとか呼ばれてるくせに!
「あ、そういえば上村に用事があったんだっけ?残念だけど、もう風紀委員室に戻ったみたいだよ。」
「そんな馬鹿な!」
副会長に言われてハッとあたりを見回す。
さっきまで騒がしかったのに、今この空間には俺と副会長しかいなかった。
勿論大輔先輩も、千秋も。
もうこの際どうでもいいけど、みんなちょっと薄情すぎやしないか。
「とりあえず移動しようか。ちゃんと着いて来てね」
そう言って歩きだした副会長の後ろを、黙って着いて行くしか今の俺には選択肢はない。