『んっ』




なんの前触れもなく塞がれた口

別に何を感じるわけでもない。

好きでもない人に口付けされても嬉しくないし、俺の場合面倒なだけで恥ずかしいわけでもない

それより痛い




「その余裕っぷりどうにかなんねぇの」




『さぁ。ずっとこうだったし』




「お前も罪な奴だな」




ケラケラと子供みたいに笑う

そうでもない、と言おうとするとまた口を塞がれ、今度は抵抗する力がないのをいいことにざらりとした生温いものが咥内へねじ込まれ、無理矢理かつ慣れた風に歯列をなぞったりする

生々しい鉄の味と覚えのない他人の唾液が混ざり、喉がそれを飲み込むのを拒み、全部口端から気味悪くチラチラ光りながら流れた

口が切れているのにも関わらず角度を変えるから気持ちいいというより、何回も言うが痛い





やっと口が離れると思うと首元に顔を埋められ、吸いつかれる感覚の次に来るのは開いた眼を細めるほどの痛み。

もうこれ全部痛いわ。どう手当てしよう。



首から離れると腕を骨が折れるほどの力で掴まれ、それを口に咥え、またそれも骨を砕くほど威圧をかけて噛みちぎるかのよう



離されると掴まれていたところに痣、手首辺りにくっきり残る歯型







「携帯貸せ」




もちろん俺が取らなくても相手が勝手に取ってくれて、何やら番号を一人で交換しているみたい

それすると満足そうに笑い、「じゃあまたな」とさっきの俺のごとく、何もなかったかのように去る








一人路地に残された俺は溜め息を吐き、なんでこうなるのかと空をみた。

これじゃあバイトどころじゃない、金なしでどうしろと…

なんだ、いつの間にか雨が降ってた。





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