しゅーれん様


 ぎゅーっ。
 と、声を出しながら前触れも無く抱き付いて来る人物は彼ら――帝光中学バスケ部レギュラーが知る限り一人しか居ない。
 文字で表せば語尾に八分音符の記号が付きそうな程にご機嫌であると窺える。彼女――黄瀬はバスケ部にマネージャーとして入り、ひと月も経たない内に一軍マネージャーに昇格した。異例の早さである。また、人懐っこい性格も相俟ってか昇格したその日には既に部員と打ち解けていた。
 特に彼女がありのままで接する人物が先程挙げたレギュラー達である。
「おはよっス黒子っちー」
「おはようございます。黄瀬さん」
 朝練の為に部室に入った所で黒子は背後から文字通りギューッと抱き締められた。
 彼らの一日は黄瀬からのハグで始まる。勿論、日によってその人数にばらつきはあるが。
 しかし思春期真っ只中の彼らにとって彼女の行動は苦境を余儀無く強いられていると言っても過言ではない。如何せんティーンズ世代で大人気――その抜群のプロポーションや整った顔立ちから二十代前半をターゲットにした雑誌にも最近は露出しているらしい――のモデルである黄瀬が肌を密着させてくるのだから理性の耐久レースの挑戦状を叩き付けられているようなものだ。
 平静を装っている黒子ではあるが、段々と鼓動が速くなる事は既に感じていた。
「あの、着替えられません。このままでは赤司君に怒られてしまいます」
「あああっ! ご、ごめんなさいっ!」
 パッと直ぐに体温が離れた事に寂しさを覚えつつも、保身の為だと思えば致し方ない。
 黄瀬が部活に必要な荷物を持って部室から出て行くと、黒子は無意識に息を吐いた。徐に右手を胸に当てればまだ準備運動すらしていないと言うのに鼓動は朝から必死に働いている。
 そしてもう一つ、今度は意識的に息を吐いた。
 そして午前中にまた一人、彼女に鼓動のリズムを狂わせられる人物が居る。厳密に言えば二人である。
 時間は四時間目に入る一〇分程度の小休憩へと差し掛かる。
 生徒らが雑談に興じる中、赤司のクラスに一際通る声が教室の入り口から発せられた。恐れ知らずなのか「赤司っち」と呼ぶのは後にも先にも黄瀬しか居ない。
「お願いがあるんス」
「何だ」
「赤司っちの体操服貸して欲しいんス」
「……」
 胸の前で手を合わせているもののそのスラリと長い指とやや俯き加減故に指先はぷっくりと艶やかな唇にくっ付いている。きゅっと両目を瞑っていたが、そろりと様子を窺うように片目を開けた。
 そのウインクに近い表情は赤司の心臓を掻き乱すのに充分だ。更に内容が内容なだけに穏やかでない。
「ほら、私昨日部活の時にウェア濡らして体操服に着替えたじゃないスか? そのまま持って帰ったは良い物の、今日体育があることすっかり忘れてて……」
 ちょっとやそっとでは驚かない赤司もこればかりは思わずフリーズしてしまった。
「何故、俺なんだ?」
 彼の言葉は尤もである。普通であればここは女子に借りに行くのが定石だ。同性間での貸し借りはあるにしても異性間での体操服の貸し借りはイレギュラーである。
 その意を汲み取ったのか、黄瀬の柳眉はへにゃ、と情けなく下がった。
「女の子のじゃあ私の身長に合わなくて……」
 そこで赤司は後悔した。彼女のコンプレックスを抉ってしまったのだ。
「来い。体操服はロッカーに入れているから」
「うんっ!」
 謝罪の気持ちを込めて頭を撫でれば黄瀬の表情に明るさが戻る。
 体操服の入った袋を取り出し、上体を捻って背後の黄瀬にそれを突き出した。しかしそれは受け取られる事無く宙に留まり、代わりにふわりと良い匂いが鼻腔を掠める。
 勢い余って腰がロッカーについたが眼前の彼女はぎゅうっと赤司に抱き付き、すり寄る様に頬を寄せていた。曰わく、《お礼のぎゅーっ》らしい。
 その柔らかな頬が自らのそれにふにふにと接触する。しかしそれよりも胸元に当たる頬よりも柔らかい存在が押し当てられていた。
 鼓動はバクバクと大きく脈を打つものの、ポーカーフェイスを保つのは流石と言った所だろうか。
「ありがとう赤司っち!」
「どういたしまして。それよりも、早く行かないと着替える時間が無くなるぞ」
「あっ! そーだったっス!」
 離れて行く体温を名残惜しく感じたのは自分だけだろうか。そう思わずにはいられない程に黄瀬はあっさりと離れた。
 教室内に掲示されている時間割を見て、「明日洗って返すっス!」と袋を上に掲げながら彼女は廊下を駆けて行った。
「……危なかったな」
 未だに静まらない心臓を直に感じながら、赤司は手の平で口元を覆った。そして思うのだ。今日は体育が無くて良かった、と。
 こうして難無く黄瀬は体育を向かえる事が出来たのだが、どうやらそうではない人物が一人居たようだ。
 クラスメートの表情は和んでいる。しかし当事者はそれどころではない。
「黄瀬ちん……」
「紫原っちと一緒のチームっスね!」
「……うん。そだね」
 紫原の返事に嬉しくなったのか、彼の腕を抱き締めるように絡ませていた自らのそれにぎゅーっと益々力が入る。気付いているのかいないのか――恐らく気にしていない、の方だろうが――弾力性のある柔らかい存在がダイレクトに当たっている。
 男にとっては気にするなと言う方が無理な話である。黄瀬が相手ならば尚更のこと。
「いつもは男女分かれてるから何か新鮮っスね」
「ねー」
「足引っ張んないように頑張るっス!」
 常ならば男子は外でサッカー、女子は体育館でバレーであった。しかし時間割変更云々の関係で黄瀬らのクラスが一時間分先に進んでいるらしい。その為、本日は男女混合でサッカーと言う半ばお遊びの内容に変更されたのだった。
 それを知った黄瀬は真っ先に紫原の本へ行き、左腕に抱き付いたのである。
「体操服、赤ちんに借りたのー?」
「え! 何で分かったんスか?」
「名前ー」
 トン、と紫原の長い人差し指がある箇所を指す。黄瀬の左胸側のデコルテに位置する所には確かに《赤司》と刺繍されていた。
「あ……」
「まあ、先生にはバレないと思うよー」
「えへへー。バレないように気を付けるっス」
 序でに自分以外の男にこうして無防備な笑顔で抱き付く事に於いても気を付けて欲しいと思う紫原であるが、しかしそんな心の声が彼女に届く事はない。
 いつも以上に楽しんだ体育が終わると待ちに待った昼休みだ。誰が言い出した訳でもないが、バスケ部レギュラーと黄瀬が食堂で昼食を共にするのは最早惰性である。
 嬉々として席取りの為に廊下を急いでいると、目の前に生徒の波から一つ飛び出した頭を見付けた。それだけで黄瀬の機嫌は更に上昇する。
「みっどりまーっち!」
「……っ、黄瀬!」
 上手く人を避けながら、自身の勢いは保つ。そしてそのまま背後から隙だらけの右腕に抱き付いたのだ。
「一緒に食堂行こっ」
 あざとい、と思う。しかしこれが計算でないことくらい緑間にも分かっている。
 語尾にハートマークを付けたような言葉も、廊下にいる生徒が釘付けになる笑顔も、誘うようにこてんと傾げられた首も、心音が伝わる程に密着した腕も、全てが天然で出来ているのだ。只一つだけ、黄瀬が考えを働かせた事と言えば、利き腕を選ばなかった事だろう。
「オレは職員室に用があるからな。まだ行かないのだよ」
「えぇーっ! そうなんスかぁ?」
 残念っス。
 そう言うや否や絡まる腕の力は弱くなったものの、代わりと言うようにより密着度を増す。しゅん、と明白に気落ちする黄瀬は寂しそうだ。
「……分かった」
「え?」
「職員室は食後にでも行くのだよ」
「え、でも」
「大した用でも急ぎでもないからな。別に構わん」
 ふい、と緑間が目を逸らせば右腕に再びぎゅうっと力が籠もるのが分かった。
 それとなく視線を右に遣れば、案の定黄瀬は満面の笑みで体を密着させている。
「ありがとうっス、緑間っち!」
「別に。ただオレも腹が減っただけなのだよ」
 昼休み特有の喧騒の中では紛れると思っていたがどうにもそうはいかないらしい。
 無事、席を取るまでに緑間の右耳は鈴のような声を拾い、左では自らの鼓動の音を拾っていた。
 眠くなる午後の授業を終え漸く部活の時間になった頃。今朝の黒子と同じ状況に遭ったのは桃井だった。女子同士のスキンシップと言う名の戯れに羨望の眼差しを向けていたのははてさて誰だったか。
 そして部活終了時間になり部員が集合を掛けられれば、マネージャーはさっさと片付けに入る。赤司の「以上、解散」の声を受けた百人を越えれ部員の「ありがとうございました」の声を聞いた直後のことだ。黄瀬は真っ先に青峰に向かって突進した。
「青峰ーっち!」
「うぉっ!」
「勝負っスよ! わんおんわんやろっ! わんおんわんっわんおんわんっ」
 真正面から飛び込み、相手が逃げないように首に腕を回す。半強制的に首を下に向けられた青峰は否応無しに黄瀬の期待をふんだんに含まれた眼差しと視線を絡ませる羽目になる。
「わんおんわんーっ」
 誰かが練習中にフォームの確認か何かで扉を開けたのだろう。体育館の壁に設置された鏡にはピンと伸びた白皙の脚が映っていた。そこで漸く黄瀬が背伸びをしているのだと知る。
 更に強請るように体を上下に動かすものだから、触れている箇所から振動が伝わる。特に、青峰が一目置いている胸から。
 自然と喉が上下に動いた。しかし黄瀬は気付いていないのだろう。仕切りに同じ単語を繰り返してはそれに比例するように上下に揺する。
「ねーえってばぁー。あーおーみーねっちーぃ。わんおんわんー! わんおんわんしよっ!」
 ワン・オン・ワンさえ言わなければ最高のお誘いであると考えるも、しかし矢張りそこはバスケバカである。性の誘いだろうがバスケの誘いだろうが関係無い。
「ったく。ほら、さっさと柔軟とアップしろよ」
 そう言ってオーケーサインを出してやれば必ず次の行動を起こすのだ。
「やったぁ! ありがとう青峰っち! 大好きっ!」
 更にぎゅっと抱き付き一気に二人の距離は縮まった。毎度の事であるし青峰自身それを狙っているわけだが、しかし心は正直者で、その度に心臓は跳ねるのだ。
 するりと腕を解き、少し離れた場所で柔軟を始める。膝を曲げる度に、より奥まで拝める太腿の裏は矢張り白かった。
 ではその先の色を拝める者は一体誰なのか。
 各々ボールを持って自主練を始めんとするレギュラー陣が揃って黄瀬のウォーミングアップを行う姿を見ながら同じ事を考えていたなど、誰も思わないだろう。 




【黄瀬くんがにょた♀でみんなに抱きついてそれに意識するキセキ】
にょ黄瀬が楽しくて楽しくて。
今回は胸有りにしてみました。
にょ黄瀬は巨乳でも貧乳でも愛おしいです。どちらにせよ美乳は譲れません。
にょ黄瀬のスキンシップは思春期真っ盛りの健全男子にはなかなか酷だと思います。
先ず初めに痺れを切らすのは青峰でしょう。
「お前マジふざけんな!犯すぞ!」って怒鳴ってきょとーんとするにょ黄瀬が見たいです。

>初めまして。この度は当企画への参加、誠にありがとうございます。
作品の仕上がりが遅くなってしまい申し訳ありません。
連載の黄瀬くんにょたに反応していただけて大変嬉しいです。誰得俺得で始めた只の自己満足なお話でしたのでそう言っていただけると俄然やる気が起きます。
しかし見切り発車なのでまあ全くラストや話の流れは考えていないのですが。
リクエスト及びコメント、ありがとうございました。



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