フレア様


「すみません。呼ばれたのでお先に失礼します」
 そう言って黒子が部室を去ったのが凡そ三〇分前だ。
 ただちょっと彼の言葉に引っかかった小金井が――途中見失いながらも――後を追ったのが始まりだった。まさかあんな連絡が来ると誰が思うだろうか。
――マジバにキセキが集まってる!
 彼らの好奇心を駆り立てるには充分だった。

「黄瀬は?」
「涼太なら少し遅れるそうだ」
「人身事故が起こったようなのだよ」
「え、黄瀬ちん事故ったのー?」
「違いますよ」
 明らかに不機嫌そうな青峰は、ならもう少し遅れりゃ良かった、とシートに深く腰掛けた。けれども彼の右斜め前に座る赤司の目は笑っていない。
「冗談だよ」
 例え袂を分かとうとも彼に意見する事は許されないのだ。
 不穏な空気が包む中、それを物ともしない――寧ろ打破するような底抜けに明るい声が響く。
「お待たせっスー!」
 わざわざ声を張り上げずともその容姿は一際人目を引くのだから来店した時点で分かる。しかしそこまで自覚していながらも引き起こす結果を考えていないので黄瀬は気付いてと言わんばかりに声を上げるのだ。
「遅ェーよ」
「これでも急いで来たんスよ?」
 黒子が立ち上がり黄瀬をシート席の中へ促す。感謝の言葉を述べながら黄瀬は青峰の右隣に座った。それを確認すると再び黒子は腰を下ろす。
「黄瀬ちん走ったの〜?」
「駅前のタクシー乗り場も一杯で。もう東京だったし頑張れば何とかなるかなって」
 暑い暑いと訴えながら制服のネクタイを緩め、いつも以上に釦を開けた。背凭れに背中を預けるとキセキの面々は思わず釘付けになる。
 その姿は将に扇情的で目に毒だ。しかし同時に目の保養にもなる。
 随分走って来たのだろう。汗ばむ肌と額に張り付く髪。上下する胸はなかなか良い所にネクタイがあるせいかシャツの開け具合が焦れったい。
 小さいながらも荒い呼吸を繰り返す音が両隣にいる黒子と青峰にははっきりと聞こえていた。
「黄瀬。水なのだよ」
「あ、緑間っち……どもっス」
 レジカウンターで貰ってきたのだろう。紙コップに入った水を差し出せば一気に呷った。
 真上とまでは行かずとも上を向いた為に白い喉元が露わになる。ぷはっと少し大袈裟に飲み干せばへらっと笑顔を見せた。
「落ち着きましたか?」
「はいっス!」
 まだ暑そうだが比較的呼吸は整ったらしい。
「黄瀬ちんも大変だったね〜」
「あ、それなんスけど」
 パタパタとシャツを動かして風を送る。その際にふわっと香る匂いは制汗剤かシャンプーか。微風にすらサラサラと毛先が踊る髪は見ているだけでも触り心地の良さを感じた。
「実は事故じゃなくて鴨の親子だったんスよ!」
「は?」
「あーっ青峰っち、何スかその人をバカにしたような目! ホントなんスよ! 鴨の親子が隙間から侵入したらしくて線路を横切ってたらしいんスよ!」
「黄瀬は見なかったのか?」
「俺、三両目だったんで見れなかったっス」
 青峰には拗ねたような、しかしムキになりながら喋る黄瀬だが彼の左斜め前に座る緑間の問いにはしょぼんと肩を落として答えていた。そんな黄瀬のころころと忙しなく変わる表情は見ていて飽きが来ない。
「残念でしたね黄瀬君」
「黄瀬ちんドンマ〜イ」
 悄げる黄瀬の頭をメンバー一短い腕と長い腕が撫でる。俯き加減で大人しく撫でられる黄瀬はみるみる嬉しそうな物へと変わった。
「お待たせしましたー」
 緑間と赤司の間から女性の手が伸びポテトやバーガーが次々と置かれて行く。代わりにテーブルに置いてあった番号札を取って行った。
 マニュアル通り「ごゆっくりどうぞ」と言葉を残して。
「先に涼太の分も頼んでおいた」
 好きだっただろう? と中学時代に良く食べていた物を渡す。
「赤司っち……」
 そうして漸く食にありつけた面々は皆思い思いに口に運ぶ。相変わらず黒子のお供はバニラシェイクだ。
 話題が思い出話から近況報告等に変わった頃黄瀬が疑問をぶつける。それはあまりに尤も過ぎてそう言えばと誰もが思った。あまりにも呼ばれ慣れてしまっていた。
「何で二人とも東京に居るんスか?」
 暫し訪れる沈黙にズコー、と黒子がシェイクを啜る音が横槍を入れる。
 キョトンとした表情の黄瀬の頬を軽く撫でながら赤司はフッと笑みを浮かべた。
「涼太に会いたくてね」
「うん」
「ホームシックならぬリョータシックって所かな」
 ボールをハンドリングするように赤司の左手が滑る。耳、頬、顎、首とランダムに往復している。その度にぴくんと黄瀬が反応を示した。
「可愛いね、涼太」
「黄瀬ちん美味しい」
「んっ……」
 ポテトやバーガーで汚れた右人差し指をペロリと舐める。しかしその後も紫原が手を放す様子はない。
「黄瀬、口端に付いているのだよ」
 そう言って今度は緑間の左手が顔に伸ばされる。
「別に何も付いて無くても黄瀬は美味いだろ」
「ちょっ青峰っち!」
 そう言うや否や黄瀬の制止の声も虚しく彼の左掌に唇を寄せた。
「僕たちも、黄瀬君を充電したいんですよ」
「黒子っち? ……ぁッ」
「弱いんですか? 項」
 頭を撫でながら器用にサラサラと指通りの良い髪を弄ぶ。時折首の後ろを撫で上げれば反応が返ってきた。それが面白くてつい何度もやってしまう。
「もー。俺はオモチャじゃないっスよ? ラッキーセットでも頼めば良いじゃないスかぁ」
「これは僕らなりの愛情表現だよ、涼太」
 赤司の言葉に皆を見れば慈しむような視線とかち合う。
 ふるっと震えながら黄瀬は熱い溜め息を吐いた。
「えー……、じゃあ、しょうがないっス」

「――じゃ、ねぇだろ! おかしいだろ! 気付けよ!」
「馬鹿か? 馬鹿なのかあいつはッ」
「しーッ! バカはあんた達でしょっ! 火神君も日向君も黙って! バレちゃうじゃないっ」
「……」
「え? あーそうかもな! あのキャプテンなら気付いてるかも! 流石水戸部っ」
「コガ、良く分かるな」
「え? ツッチーは分かんねーの?」
「ハッ……赤司の髪の毛いと赤し! キタコレッ」
「んー良く分からんが伊月、お前帰り道気をつけた方がいいぞ? 何となく」
 キセキが座るテーブルから少し離れた席で誠凛勢もまた飲食物を口にしていた。
 気付かれていることに気付いていない先輩とエースを降旗ら一年は必死に目で訴えかけている。
 偶にビクビク反応するも恥ずかしそうに頬を染めながら目を伏せている黄瀬を除くキセキが物凄い形相で此方を睨んでいる事にどうか一刻も早く気付いてくれ、と。

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