うさぎ様


「ああっ!」
 情け無い声の後に続く乾いた軽い音。それから間もなくしてダムダムとやや重量のあるボールが跳ねる音が鳴る。
「むー。ちょっとぉ峰ちんマジムカつく」
「ハッ! なら止めりゃ良いだろ」
「ねっ、ねっ! 今ので何で入るんスか? ってかさっきの動きなんスか? もっかい、もっかい!」
「うぜぇ」
「ヒドイッ」
「黄瀬君。敵を誉めないでください。青峰君が鼻の下伸ばして表情ゆるっゆるです」
「赤司、次のチームはどうするのだよ」
「そうだね。どれを試そうか……」
 とある昼下がり。東京の某所にある屋外のバスケットコートで六人の男子高校生が三対三をしていた。これらは今に始まったものではなく、午前中からやっている。
 先にどちらかが五回ゴールを決めたら休憩を挟んでチーム再編成、そして試合開始を飽きることなく繰り返していた。
 キセキの世代と呼ばれバスケ界では有名な彼らの試合だ。いくら五回と決めていても休憩までの時間は遠い。時には三〇分以上も攻防戦を繰り広げて居る時もあった。
 そしてたった今、司令塔の赤司の元、緑間からパスを貰った青峰がシュートを決めてそのチームでの試合は終了を告げたのだ。
「っつーかオレ、腹減ってきた」
「あげないよー?」
「いらねーよ!」
 スポーツタオルで汗を拭いながら空腹を訴える青峰に、試合中もポケットに入れていたのか紫原は着用しているオーバーオールからお馴染みのまいう某を取り出した。良くもまあそんな水分を奪うような駄菓子を食べられるものだと青峰は眉根を寄せる。本日の味も例外なく商品開発部の意図が読めない物だ。
「――黄瀬?」
 そんな時だった。黒子や青峰にとってはどこか記憶の隅に残る、そんな声がコートと通路を隔てるフェンスの向こうから聞こえてきた。
 それに瞬時に反応したのは言わずもがな名を呼ばれた本人である。
「センパイっ!」
 声を弾ませる黄瀬が、声を発した主の方へと駆け寄る様は犬宛らであった。黄瀬を良く知らない者でもそう感じてしまうだろう。
 彼が向かった先には、黄瀬が所属する海常高校バスケ部の面々が居た。
「どうしたんスか? 東京の方に来るなんて珍しいっスね」
「偶にはこっちに出て来てみるもんだな」
「黄瀬。只でさえ通常練習でも頑張ってるんだから、体をゆっくり休める事も大事だぞ?」
「休日もバスケや(る)とかお前どんだけバスケバカなんだよ!」
「早川センパイには言われたくないっスよ!」
 きゃんきゃん吠え返しているものの、その表情はへにゃ、と弛んでいる。当然、キセキは面白くも何ともない。
「うわーっうわーっ、でもセンパイ達と東京で会うなんて何か新鮮っス!」
「神奈川もそう変わらねーよ」
「そっスけど、でもやっぱり何かドキドキするっス!」
 モデル・黄瀬涼太としてではお目に掛かれない身内だけに見せる笑顔はこの上無く眩しい。それは芸能人故の、と言うよりは元々持ち得た天性のものだろう。心臓を撃ち抜かれるような錯覚に陥ってしまう程に愛くるしいのだ。
 今までにキセキしか見たことの無かった彼の素顔はこうした付き合いによって暴かれていく。
 矢張り面白く無い。
「涼太」
 そしてやや厳しさを含んだ声音で呼んだ彼――赤司こそ最もそれを面白く無いと思っていた。
「赤司っち?」
 傍までやってきた元主将に小首を傾げながら「どうしたんスか」と訊ねる。
「涼太は、僕と東京で会うことは何とも想わないのか?」
 問えば一瞬黄瀬の表情が固まった。強張ったと言っても良い。
 それからややあって、彼は先程青峰のシュートの時に出した物とはまた一味違った情け無い声を出した。
「どうして、そーいうこと、言うんスかぁ」
 それはまるで泣き出すのを懸命に堪えているようでもある。
「ずっと、ずっと、言わない……ように、我慢、してっ……たんス、よ?」
 けれどもどうやらそれも決壊するらしい。
「オレ、ずっとずっと寂しかったんスよ? でもまだ少なくとも後二年は赤司っちと離れ離れだから、ずっとずっと言わないようにって……考えないようにって、ずっとずっと頑張って我慢してたんスよぉ?」
 大きい琥珀の瞳からほろり、ほろりと水玉が滑らかな白い頬を滑り落ちる。涙の轍を残しながら、それでも黄瀬は赤司から目を逸らす事は無かった。
「オレっ、三年間、頑張って我慢出来たらっ、いっぱいいっぱい赤司っちに褒めてもらおうって……そう、思って」
「涼太……」
 はらり、はらりと止め処なく流れる小さな川。その川上を赤司はそっと指で掬った。そのまま流れるような動きで頬を包み込む。普段からあまり表情を変えない口元と目元が感情を面に出した。
「ありがう、涼太」
「赤司っち……」 
 こうして八人の目撃者を前に、堂々と唇を重ね合わせる。
 十中八九黄瀬はすっかり周りの事を忘れていたのだろう。しかし赤司は違う。彼は明らかに狙ったのだ。これ幸いにと、甘くなった空気に乗ったのだ。
 これは誰にとっても予期せぬハプニングであった。
 末っ子を父にとられた気分の者も居れば、天使を魔王に取られた気分の者も居るだろう。または従順な飼い犬を泥棒猫に奪われた気分の者やただただいいなーと羨む者も居る。或いは娘を見ず知らずの男に取られた親の気分であったり、大事な姫が冥王ハーデスに目の前で浚われた気分など様々だ。
「寂しいのは、何も涼太だけじゃないよ」
「え?」
 ほんのりと薄紅色に頬を染めながらきょとんとした表情で返す黄瀬は、最早一九〇もあるスポーツマンだと誰も思わないだろう。
「これから時間が許す限り、寂しさの穴埋めをしよう」
 そう言った赤司が再度唇を寄せると、まるでスイッチを入れた掃除機のように傍観者だった八人が一斉に騒ぎ出した。
 そこで漸く黄瀬も周りに気付いたらしい。真っ赤に熟れた林檎のように染まった顔がそれを物語っている。
 そしてこれもシナリオ通りだと彼は内心で笑った。 




【甘めでお願いします!ストバスにて、キセキでやっているところに海常が、みたいな感じ】
黄瀬はオフの日に街中で知り合い(但し身内に限る)に会うとテンションが上がる子だと思ってます。
普段なら此処に居るはず無いのに会えた事が相当嬉しい子だと。
あまり総愛され感が漂って来ませんね、すみません。
どうしても私は黄瀬君を流せないのでしょうか。気付いたら泣いてました。黄瀬君。あれれ、おかしいな。
リクエストありがうございました。




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